落合順平 作品集

現代小説の部屋。

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (30)

2017-01-14 18:04:37 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (30)
 半玉の着付け



 お粉(しろい)は、一度塗ったら、それで終わりというわけではない。
ファンデーションをなじませていく時と同じように、鏡越しに映る自分の顔を
何度も確認しながら、スポンジを使い肌になじませていく。


 正座したままの清子が、くるりと向きを変える。
合わせ鏡を使い、いま塗り終えたばかりの背中の様子を確認する。
芸妓のお化粧方法は、お姐さん芸妓から妹芸妓へ、実践と口伝えによって
伝えられていく。


 「すべてのことは、見て覚えます。
 わからないことがあれば聞いて覚えます。
 身支度も、芸も、自分から身に着けることがすべてです。
 あわてることはありません。
 できるようになるまで、ウチがきちんと見届けますから。うふふ」



 小春姐さんが清子の背中で、目を細めて笑う。
小春姉さんは、間近に迫った舞台の準備のため、舞の稽古で忙しいはず。
それなのに部屋の隅に座ったまま、じっと清子を見守っている。


 「もうすこし、柔らかい印象にしなければいけませんなぁ。
 眉毛はまず、赤の粉で引きます。
 黒だけで引いてしまうと、どうしてもきつい印象になります。
 武者のように、りりしくなってしまいます。
 赤でまず描いてから、その上に黒をのせ、淡く調節していきます」



 小春のあたたかい指先が、清子の眉を柔らかく馴染ませていく。
半玉としてデビューして、1年が過ぎると、アイラインを入れたり、
目元の赤も濃いめに付けたり、その人の独自のアレンジが、許されるようになる。
しかし出たての半玉に、アイラインは許させれない。


 目尻も、頬紅も、ピンクのお粉でほんのり色づけした程度までが許容の範囲。
ただひとつ。上まつ毛にマスカラを付けることは許可される。
ただし。これはお化粧というよりも、拭っても付いてしまう白粉を隠すため、
という要素が強い。



 お化粧が済むと、着付けに入る。まず、かつらを装着する。
京都の舞妓は、自毛を使って日本髪を結うが、半玉にそうした決まりはない。
多くの半玉がかつらを用いる。
紫のネットをかぶり、この中に自分の髪をおさめてから、鬘(かつら)をかぶる。
オーダーメイドでつくられているが、ちゃんと装着できるまでは、ある程度の
熟練を必要とする。
慣れるまで、お姐さんにかぶせてもらうのが一般的だ。



 かんざしは、3つ。
桃割れの後ろと、両わきにつける。
右に大きめのものをつける。ひときわ目立つように配置する。
デビューしたての頃は目立つよう、キラキラ輝く垂れたかんざし類が多くなる。
季節を表した花がおおい。
1月は正月を表す飾りで、1年の実りを願っての稲穂。
2月は梅。3月は菜の花。と変化していく。
月ごとの変化に加え、芸妓の年齢があがるとより渋いものへ変わっていく。



 ぶらぶらの飾りがたくさんついたかんざしは、半玉たちの専用品。
たくさんついているほど、若い芸妓ということになる。
子供らしさやかわいらしさを、ことさら、強調しているからだ。
お姉さんになるほど、ぶらぶら類は少なくなる。
かんざしもキャリアとともに、シンプルなデザインに変わっていく。


 かつらのあとは、着物の着付け。
出だしの半玉は、お姉さん芸妓に着物を着せてもらう。
赤い襟のついた長襦袢の上半分を、すこし大きめに抜く。


 「華奢ですねぇ。清子は。
 昔はウチも、こんな細さでしたが、いまはとてもかないません。
 羨ましいかぎりですねぇ。この肌の、このきめ細やかさは。
 食べてしまいたくなります。うふっ。」



 ウッと思わず息がとまるほど、清子の胸を伊達締めが締めあげていく。
小春の手に、手加減はまったくない。
『脇の下を締めることで、余計な汗が止まるのよ』着付け中の小春が、小さな声で笑う。
『それにしても、姐さん・・・・これではキツすぎて、まったく息ができません』
清子が、思わず弱音をこぼす。
「きつ過ぎる?。おかしいですねぇ・・・」小春があわてて、清子の胸元を覗き込む。



 「苦しくて息が出来ないなんて、変ですねぇ?。
 あら。ホントだ。ペッタンコに潰れていますねぇ、お前の胸が。
 道理で途中で、変な手応えなどが有ると思いました。うふふ・・・」


 
 可哀想ですから、少し緩めておきましょうと、小春が清子の背後へ回りこむ。
苦しそうな顔を見せている清子の胸元へ、小春の右手が伸びてくる。
「どうするのかな?」と見つめていると、小春の指が、そっと襟をかき分ける。
するすると伸びた小春の指が、あっというまに襟の中へすべり込む。
そのまま、清子の小さな乳房を握りしめる。
『あっ!、お、・・・お姐さん!』
突然の出来事に、思わず清子が悲鳴をあげる。



 「あら。思いのほか、手応えが有るじゃないの、お前のおっぱい。
 大きさは、固めの熟れる前の、小桃というところかしら。
 とても良い形をしています。
 乳房の形や大きさ、位置は、みなさん微妙に異なります。
 ふう~ん。お前さんのオッパイの位置は、少し下目の、このあたりですか。
 なるほど。これでは、さきほど締めた伊達巻の位置では圧迫されすぎて、
 たしかに苦しくなるはずです。気の毒なことをいたしました・・・うふふ」


(31)へ、つづく


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