落合順平 作品集

現代小説の部屋。

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (33)

2017-01-23 17:40:49 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (33)
 お座敷遊び




 襖を使った遊びもある。襖を1枚はずす。
それをお座敷の真ん中にたてる。
芸者とお客さまの3人が、襖の裏に隠れ、呼ばれたら顔を出すというゲームだ。
お父さん役、お母さん役、頭にリボンをつけたお嬢ちゃん役を
その場で即興で決めておく。


 三味線も、最初のうちはゆっくりしたテンポで弾かれる。
『淀の水車は・・・』と優雅に唄いはじめる。
手の空いている芸妓が、小股に挟んだビール瓶の「ハカマ」で、
危なっかしくカチーン、カチーンと、拍子を取りはじめる。


 『カカ出なやの、また、トト出たり、遅れて娘も顔を出たり・・・』
などと歌いはじめる。
それに合わせて、襖から3人がそれぞれに顔を出す。
最初のうちは普通のテンポですすむから、どうということはない。
だが、だんだんテンポが速くなる。
そのうち混乱して、間違える人がかならず出てくる。
この場合も、いちばん先に失敗した人が負けになる。そこでまた罰盃として、
たっぷりお酒を飲まされてしまう。



 こんな風に煽ることもある。
『♪ 街のあかりがとても綺麗ね◯◯、◯◯(料亭の名前)。
お酒はいっきでのみましょう。それ、いっき、いっき・いき・・・・
はい。いっき。おみごと、男だね!、(もしくは女の子、女だね)
ちゃちゃふーちゃちゃふー』
かけ声をかけながら、お酒の一気飲みをすすめる。


 テレビでよく見るどこかの大学のコンパと、まったくおなじ光景だ。
とにかく飲むところでは、相当量を徹底的に飲ませる。
それも情け容赦なく、徹底的に飲ませる。
ときにはお料理のふたで、飲ませることもある。



 三味線にあわせて、民謡を歌う場合もある。
もちろん。普通に歌うわけではない。
『ちゃっきり節』の、『ちゃ』をぬく。
『ノーエ節』の、『ノー』だけを抜く。あるいは『エー』を唄わない。
などなど。あらゆる変化が用意されている。


 たまには本当に、昔風の粋なお人も登場する。
芸妓の弾く三味線に乗せて、小唄か、長唄を一節、それとなく披露する客もいる。
即興で都々逸をつくるという、飛び抜けた客も存在する。
このレベルになると、もう、お座敷遊びにおける達人だ。
ただし。お座敷ゲームの定番と言われている、『野球けん』などの
下卑たお遊びは、由緒正しいお座敷では、絶対に行われない。




 特別な道具を使わないというのも、お座敷遊びならではの醍醐味。
座敷のなかにあるものを、巧く活用して遊ぶものがおおい。
座布団を使う「座布団とり」は、その典型例のひとつ。



 人数より一枚少ない座布団を、並べておく。
三味線のお姐さんが 『♪ 金毘羅ふねふね 追手に帆かけて 
シュラシュシュシュ・・・』と弾きはじめる。
曲がストップした瞬間。どこでもいいから空いている座布団に坐る。
座れなかったひとりが、そこで落ちる。
最後は1対1の対決になる。勝ったほうが晴れて優勝。



 座布団を1つあいだに置いて、芸者とお客さまがそれぞれ
後ろ向きになる、というゲームがある。
かかとを座布団につけたまま、うしろむきのまま対峙する。
『♪ 勝ってくるぞと勇ましく・・・』と唄いながら、お尻とお尻をぶつけ合う。
『どんじり』と呼ばれる、きわめて単純なゲームだ。
相手のお尻の反動で、飛ばされた人が負けになる。
カカトが片方だけでも座布団についている人が、勝ちとなる。


 お座敷ゲームの基本は、日頃のかしこまった生活からの「発散」に他ならない。
「コイン落し」というゲームは、和紙を使う。
大きめのグラスの縁をお酒で濡らし、用意した和紙を貼る。
余った部分を切り取ると、きれいな蓋ができる。



 真ん中に五円玉をおく。
その周りを芸者とお客さんが、順番に、タバコの火を使い燃やしていく。
五円玉をグラスの中に落とした人が負けとなる。
中には、五円玉の穴の中を焼く人もいる。
ゲーム自体はシンプルだが、真剣で、白熱した駆け引きになる。
落とした人が、やはりイッキの酒を飲まされる。



 「碁石とりゲーム」というのもある。
白と黒の碁石を、器の中に十個ずつ入れる。
芸者が黒でお客さまを白としたら、それを「ヨーイドン」で、
お箸でつまんで拾いあげる。
早く全部を拾いあげたほうが、当然勝ちになる。



 もしもこの世に神様がいて、こうしたお座敷の様子を天から覗いたとすれば、
大の大人が、それもいい年をした男と女が、なんて他愛のない馬鹿げたことを
やっているんだと、嘆くかもしれない。
しかし。花柳界で働いている人々は、口が固いことで有名だ。
よほどのことがないかぎり、情報が外へ流出するおそれはない。
『胸襟を開き、うちとけて、全員が、裸になった気分でとことん遊べる』
それこそがお座敷遊びの持っている、醍醐味だ。


 お座敷を盛り上げるのは、芸者が背負ったたいせつな役割のひとつ。
お座敷が盛り上がるかどうかは、ただひたすら、芸者の腕にかかっている。


(34)へ、つづく


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