赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (38)
朝からラーメンが食べられる街

清子の前に姿を見せたのは、セーラー服を着た17歳の少女。
真っ白の靴下に、真っ赤な鼻緒の下駄が鮮やかだ。
たまの姿を見た瞬間。
「うわ。この子が、噂のたまかいな。
本当や。着物を着た女の子の懐にきっちり収まっているなんて、なんとも
可愛いところがあるやんか。
お前。三毛猫のオスなんだってねぇ。・・・
へぇぇ。そう言われてみれば、なにやら凛々しい雰囲気が、
どことなく漂っているわねぇ。お前っ」
「こらこら。恭子。
いきなり、それでは、お客様に失礼すぎるだろう。
市さんと清子ちゃんにご挨拶する前に、猫に愛想を言ってどうするんだ。
すいませんねぇ。市さん。
失礼なところばかりをお見せして。
なにしろ、女房に死なれてから、ワシは仕事にばかり追われて、
この子の躾(しつけ)もろくろく出来ません。
年頃だというのに、世間知らずのまま、相変わらずこんな有様です。
女の子には、母親が必要不可欠のようですなぁ」
「あら。要らないわよ、今さら私に母親なんか。
あたしはあたしのままだし、パパはパパの生き方をすればそれでいいでしょ。
ご用はいったい何でしょう?。
そのためにわざわざ、あたしを呼んだのでしょう?」
「おっ、そうだ。お前、今日は暇だろう。
清子ちゃんをつれて、喜多方の街を、案内してやってくれ。
そのあたりで朝からやっている、ラーメンでも食べさせてくれるとありがたい。
ワシは酒蔵で市さんをもてなしておくから、案内を頼んだぜ」
「はい。了解しました。
じゃ早速、腹ごしらえと行きましょうか。たまと・・・ええと何だっけ?。
きみの名前は・・・そうだ、清子ちゃんだ」
くるりと背中を向けた恭子が、下駄を鳴らして駆けだしていく。
(え・・・こんな朝早くから喜多方の人たちは、ラーメンを食べるのかしら、
どうなってんのよ、この街は?)
面くらったままの清子が、あわてて恭子の背中を追いかけていく。
喜多方市でラーメン(中華そば)が食べられるようになったのは
昭和初期からと言われている。
定着したのは、昭和20年代の前半から。
朝からラーメンが食べられるようになったのには、諸説がある。
3交替制の工場に勤務していた人たちが、夜勤明けにラーメン屋へ立ち寄った。
朝早く農作業に出た農家の人がひと仕事を終えて、ラーメンを食べにいった。
あるいは、出稼ぎから夜行列車に乗って帰ってきた人たちが、暖まるため、
家に帰る前にラーメン屋に立ち寄ったから。など、いろいろと有る。
はっきりしているのはずっと以前から、朝からラーメンを食べることは、
喜多方の人たちにとって、ごく自然のことだ。
今でも早朝ソフトボールの帰りとか、二日酔いのためラーメンを食べてから
出勤するなどのことが、当たり前のようにおこなわれている。
「清子。あんた、食べ物に好き嫌いはあるかい?」
路地道を歩く恭子が、後ろを振り返る。
カラコロと下駄を鳴らしながら歩く恭子は、かなりの早足だ。
とつぜん目の前にあらわれたT字路や分かれ道を、方向も告げず、
ヒョイと向きを変え、ずんずん進んでいく。
あとを着いて行く清子も、自然に急ぎ足になる。
カラコロと鳴る下駄の音がふたつ。
醤油と味噌の匂いの入り混じった路地にひびいていく。
いきなり目の前が、ひらけてきた。
喜多方市の中心部を流れている、田付川だ。
飯豊山地を水源に、喜多方の市街地を南に流れたあと、会津城下の坂下町で、
一級河川の阿賀川と合流する。
毎年、鮎の稚魚が大量に放流されることで有名だ。
川べりに出たところで、恭子の足取りが、ようやくゆるやかになった。
「見て。ここが、あたしの一番好きな、喜多方の景色。
さてと・・・とっておきの名所の紹介は済んだから、腹ごしらえに行こうか。
人口3万7000人の街に、120軒以上のラーメン店があるんだ。
人口の比率で言えば、日本一だ。
スープは、豚骨と煮干しのものを別々に作り、それをブレンドする。
醤油味が基本だけど、店によって、塩味や味噌もある。
好みが有るなら最初に言って。どんな希望でも、かなえてあげるから」
「食べ物に好き嫌いは、ありません。
強いて挙げるなら、清子姉さんが大好きなラーメンを、ご馳走してください。
もしかしたら好みが、あたしと一緒かもしれませんから」
「ふぅ~ん。逢ったばかりだというのに、面白いことを言うわねぇ。あんたって。
なんか根拠でもあるの?」
「赤い鼻緒の色具合が、あたしの好みといっしょです。
あたし。真っ赤な、鮮烈すぎるほどの赤が、大好きなんです。
それに白い靴下を履いているから、余計に、赤が目立ってとっても素敵です。
でも靴下で無理やり下駄を履くと、靴下が2つに割れてしまって、
見るからに可哀想です」
「この靴下のことかい。だって仕方ないだろう。
下駄は好きだけど、あたし、靴下はこれしか持っていないんだもの」
「あたしの足袋でよければ、差し上げます」
「お前の足袋をくれる?。逢ったばかりのあたしにかい?。
そりゃぁ嬉しいよ。だけどさ、あとであんたが、困ることにならないかい?。
見習いとは言え、足袋は、大切な商売道具のひとつだろう?」
「でも。2つに割れてしまっている靴下のほうが、よっぽどかわいそうです。
とても黙って見ていられません。」
「ふぅ~ん。見過ごすことができないのか。
あんたって、お節介な子なんだねぇ。
でもさ。なんだか、ちょっぴり、面白そうな女の子だねぇ・・・・」
(39)へ、つづく
落合順平 作品館はこちら
朝からラーメンが食べられる街

清子の前に姿を見せたのは、セーラー服を着た17歳の少女。
真っ白の靴下に、真っ赤な鼻緒の下駄が鮮やかだ。
たまの姿を見た瞬間。
「うわ。この子が、噂のたまかいな。
本当や。着物を着た女の子の懐にきっちり収まっているなんて、なんとも
可愛いところがあるやんか。
お前。三毛猫のオスなんだってねぇ。・・・
へぇぇ。そう言われてみれば、なにやら凛々しい雰囲気が、
どことなく漂っているわねぇ。お前っ」
「こらこら。恭子。
いきなり、それでは、お客様に失礼すぎるだろう。
市さんと清子ちゃんにご挨拶する前に、猫に愛想を言ってどうするんだ。
すいませんねぇ。市さん。
失礼なところばかりをお見せして。
なにしろ、女房に死なれてから、ワシは仕事にばかり追われて、
この子の躾(しつけ)もろくろく出来ません。
年頃だというのに、世間知らずのまま、相変わらずこんな有様です。
女の子には、母親が必要不可欠のようですなぁ」
「あら。要らないわよ、今さら私に母親なんか。
あたしはあたしのままだし、パパはパパの生き方をすればそれでいいでしょ。
ご用はいったい何でしょう?。
そのためにわざわざ、あたしを呼んだのでしょう?」
「おっ、そうだ。お前、今日は暇だろう。
清子ちゃんをつれて、喜多方の街を、案内してやってくれ。
そのあたりで朝からやっている、ラーメンでも食べさせてくれるとありがたい。
ワシは酒蔵で市さんをもてなしておくから、案内を頼んだぜ」
「はい。了解しました。
じゃ早速、腹ごしらえと行きましょうか。たまと・・・ええと何だっけ?。
きみの名前は・・・そうだ、清子ちゃんだ」
くるりと背中を向けた恭子が、下駄を鳴らして駆けだしていく。
(え・・・こんな朝早くから喜多方の人たちは、ラーメンを食べるのかしら、
どうなってんのよ、この街は?)
面くらったままの清子が、あわてて恭子の背中を追いかけていく。
喜多方市でラーメン(中華そば)が食べられるようになったのは
昭和初期からと言われている。
定着したのは、昭和20年代の前半から。
朝からラーメンが食べられるようになったのには、諸説がある。
3交替制の工場に勤務していた人たちが、夜勤明けにラーメン屋へ立ち寄った。
朝早く農作業に出た農家の人がひと仕事を終えて、ラーメンを食べにいった。
あるいは、出稼ぎから夜行列車に乗って帰ってきた人たちが、暖まるため、
家に帰る前にラーメン屋に立ち寄ったから。など、いろいろと有る。
はっきりしているのはずっと以前から、朝からラーメンを食べることは、
喜多方の人たちにとって、ごく自然のことだ。
今でも早朝ソフトボールの帰りとか、二日酔いのためラーメンを食べてから
出勤するなどのことが、当たり前のようにおこなわれている。
「清子。あんた、食べ物に好き嫌いはあるかい?」
路地道を歩く恭子が、後ろを振り返る。
カラコロと下駄を鳴らしながら歩く恭子は、かなりの早足だ。
とつぜん目の前にあらわれたT字路や分かれ道を、方向も告げず、
ヒョイと向きを変え、ずんずん進んでいく。
あとを着いて行く清子も、自然に急ぎ足になる。
カラコロと鳴る下駄の音がふたつ。
醤油と味噌の匂いの入り混じった路地にひびいていく。
いきなり目の前が、ひらけてきた。
喜多方市の中心部を流れている、田付川だ。
飯豊山地を水源に、喜多方の市街地を南に流れたあと、会津城下の坂下町で、
一級河川の阿賀川と合流する。
毎年、鮎の稚魚が大量に放流されることで有名だ。
川べりに出たところで、恭子の足取りが、ようやくゆるやかになった。
「見て。ここが、あたしの一番好きな、喜多方の景色。
さてと・・・とっておきの名所の紹介は済んだから、腹ごしらえに行こうか。
人口3万7000人の街に、120軒以上のラーメン店があるんだ。
人口の比率で言えば、日本一だ。
スープは、豚骨と煮干しのものを別々に作り、それをブレンドする。
醤油味が基本だけど、店によって、塩味や味噌もある。
好みが有るなら最初に言って。どんな希望でも、かなえてあげるから」
「食べ物に好き嫌いは、ありません。
強いて挙げるなら、清子姉さんが大好きなラーメンを、ご馳走してください。
もしかしたら好みが、あたしと一緒かもしれませんから」
「ふぅ~ん。逢ったばかりだというのに、面白いことを言うわねぇ。あんたって。
なんか根拠でもあるの?」
「赤い鼻緒の色具合が、あたしの好みといっしょです。
あたし。真っ赤な、鮮烈すぎるほどの赤が、大好きなんです。
それに白い靴下を履いているから、余計に、赤が目立ってとっても素敵です。
でも靴下で無理やり下駄を履くと、靴下が2つに割れてしまって、
見るからに可哀想です」
「この靴下のことかい。だって仕方ないだろう。
下駄は好きだけど、あたし、靴下はこれしか持っていないんだもの」
「あたしの足袋でよければ、差し上げます」
「お前の足袋をくれる?。逢ったばかりのあたしにかい?。
そりゃぁ嬉しいよ。だけどさ、あとであんたが、困ることにならないかい?。
見習いとは言え、足袋は、大切な商売道具のひとつだろう?」
「でも。2つに割れてしまっている靴下のほうが、よっぽどかわいそうです。
とても黙って見ていられません。」
「ふぅ~ん。見過ごすことができないのか。
あんたって、お節介な子なんだねぇ。
でもさ。なんだか、ちょっぴり、面白そうな女の子だねぇ・・・・」
(39)へ、つづく
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