落合順平 作品集

現代小説の部屋。

からっ風と、繭の郷の子守唄(97)

2013-09-25 10:25:26 | 現代小説
からっ風と、繭の郷の子守唄(97)
「次の日の朝、康平をめぐる女3人が何故か勢揃いをする」




 その翌朝。
緊急外来の当直を終えた昨夜の女医先生が、病室へ顔を出しました。


 「顔色が、とても良くなりました。
 とても理知的な目をしていますので、それだけあなたは、心が敏感すぎるのかもしれません。
 入院中の4~5日は、私があなたの担当医です。
 久しぶりの当直でなにやら肩が凝りましたが、家に帰れば邪魔をする者が居ませんので、
 貴方たちと同じように、心おきなくゆっくりと眠れます」


 「あら。どうして私に邪魔者がいないとわかるのですか?」


 「あなたの指に、婚姻を示す指輪はありません。
 同様に付き添いの男性の指にも、指輪などは見当たりません。
 さしずめ仲の良い兄弟か、品行方正にお付き合い中の間柄と、お見受けしました。
 医者は初見で、より詳細に患者さんを観察するというのが商売です。
 あなたのように繊細な病気の場合には、その周辺環境にもさりげなく探りを入れます。
 ではまた明日、元気に、お会いしましょう」



 昨夜同様、乾いた靴音を響かせて女医先生が、廊下を立ち去っていきます。
呆気にとられた貞園と、ものの見事に言い当てられた康平が、病室で苦笑いを交わしています。


 「どれ。コンビニで朝飯でも調達をしてくるか。
 なにか欲しいものであるか、貞園」


 「目覚めの苦いコーヒーと、こんがりと焼いたトースト。
 昨日のスポーツの結果が分かる新聞と、朝の贅沢といえば、やっぱり、おはようのキス」



 「新聞以外は、すべて速攻で却下。
 朝からそれくらいの茶目っ気があれば、もう本来の貞園に戻ったようだ。
 ゆっくり待っていろ。俺にも朝の支度というものがある」


 「ベッドでの戦争に備えて、シャワーを浴びるとか、勝負パンツに履き替えてくるとか、
 男にもいろいろと準備は必要ですものね。うふっ」


 「いい加減でお前も、そのくだらない妄想と煩悩から離れろ。
 入院に必要なものはすべて千尋がもってくるし、ついでに美和子へ連絡を入れておこう。
 会いたいだろう、旧知の友人に」


 「全部、康平の意中の女ばかりじゃないのさ。よく考えてみたら・・・・
 あれ。いつのまにか美和子も千尋も、馴れ馴れしく、呼び捨てに変わっています、康平くん。
 ははぁ、・・・もう全員と、そういう(肉体の)関係ができているのか。
 手が早いわねぇ。まったくもって、油断も隙もない男ですねぇ。私の兄貴は!」


 「いい加減にしないと、2度と病室へ戻ってこないぞ。
 ついでに、妹の縁もたった今から切り捨てる!」


 ペロリと赤い舌を出した貞園が、布団を引き上げそのまま頭から隠れてしまいます。


(まったく。ちょっと元気になったと思うとすぐあの有様だ。やんちゃすぎて、手に負えん)
音を立ててドアを閉めた康平が、ポケットを探り携帯電話を取り出します。

 長い間にわたり病院内での携帯電話の使用は、自粛ということで規制されてきました。
使用を自粛させる目的は、医療器具への誤作動とアナウンスをされてきましたが、
最近になり、解除の方針をとる病院が増えてきました。
携帯電話により医療器具へ不具合を起こすという可能性は、技術的に存在しないとして、
医療学会などから、携帯電話解禁の動きが目立つようになってきたためです。



 (こちらから美和子へ電話するのは、久しぶりだな)


 数コールの後、『はい。美和子です』と低い声での応答が返ってきました。
(あれ、寝起きの声のようだが?。体調不良かな?・・・・妙に、低い声だ)
意表をつく美和子の低い声に、思わず康平が逡巡をしてしまいます。


 「失礼だわね。康平ったら。
 自分から用事があってかけてきたくせに、無言とはいったいどういうつもりなの。
 どうしたの。こんな朝早くから」


 「あ、いや。体調が悪いのかと思って、少しばかり電話口で躊躇しちまった」


 「電話くらいなら、いつでも出られます。
 風邪気味だけど、お薬は飲めないの。その理由はあなたもよく知っている通りです。
 今日は病院へ行く予定の日ですから、ついででよければ、康平のお店へ顔を出します。
 それとも、もっと急を要する、別の用事なのかしら」


 「相変わらず、君は察しがいい。
 実は昨夜。貞ちゃんが過呼吸の発作を起こして緊急入院をした。
 女医先生の処置が適切で早々と落ち着いたが、経過を観るために少し入院をするようだ。
 よかったら、通院のついでに見舞ってやってくれないか」


 「孕み女が、心身不調で入院中の孤独な女を見舞まえば、それでいいのね。了解です。
 過呼吸は貞ちゃんの持病みたいなものだけど、入院となるとただ事じゃないわねぇ。
 病院はどこなの?。」



 「知っていたのか。貞ちゃんの持病のことを」



 「人前での発作は皆無だったけれど、じわじわと水面下で慢性化の傾向があったもの。
 そんなことにも気づかずにいるなんて、あんたはいったい、貞ちゃんの何処を見つめているのさ。
 おおかた千尋と仲良くなったことで、すっかりと有頂天になっているんでしょ。
 ダメじゃない。可愛い妹から目を離したら。
 パパの再婚話が決まったばかりだもの、情緒不安定に陥るのは当たり前でしょう。
 あんたが目を離すから、貞ちゃんがこんなことになるのよ。
 で、大丈夫なの、元気なの、本人は」


 「なんで君が、千尋のことまで知っているんだ」


 「馬っ鹿じゃないの。
 2年間も一緒に、碓氷製糸場で糸を紡いできた仲なのよ。
 康平から電話が入る前に、千尋からも久しぶりに連絡が入りました。
 これから貞ちゃんの病院へ向かうけど、よかったら病院でゆっくりと会いましょうってね。
 あんたさぁ。のんびりしていると女3人に、まとめて包囲をされちゃうわよ」


 「包囲される?。どう言う意味だ」



 「情報が女たちに共有をされたら一体どうなるのか、少しは考えてみたらどうなのさ。
 貞ちゃんや、私にはもちろん、千尋にも、今後手を出しづらくなるわよ。
 3人が顔を合わせたら、一番立場が悪くなるのは康平だからね。
 わかっているでしょうね、康平くん。あら・・・・もし、もし・・・・
 あらまぁ、返事が帰ってきませんねぇ。どうしたんでしょう、いったい、うふふ」




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1 コメント

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挿絵(写真)感想 (猫爺)
2013-09-26 01:37:00
 こくんと唾を飲み込んでしまいそうな写真
私は、内科、眼科、歯科に掛かっているけど、
みんな、おっさん先生ばかり。
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