つわものたちの夢の跡・Ⅱ
(115)駐車場の真ん中で
「キーをちょうだい」覚悟を決めたのだろう、すずが白い指を伸ばす。
「大丈夫かしら、こんな大きな車。わたしのハイブリッドとだいぶ違和感があるけど」
そういいながらも、ためらいもなくキーを挿入していく。
「ルームミラーは有るが、後部がごちゃごちゃしているから使えない。
側面と後方の安全は、左右の大きなミラーで確認する。
お尻の下に前輪のタイヤが有る。
そのため、少し遅れ気味にハンドル操作をする必要がある。
この2点かな、とりあえず君が最初に注意するのは」
セルを回すと、2500ccのディーゼルターボが動き出す。
前照灯を点け、サイドブレーキを緩めると、ゆっくりと車体が動き出す。
アクセルを静かに踏み込むと、軽く反応して心地よい加速がはじまる。
ここにもキャンピングカーを改造した、椎名所長のアイデアがひそんでいる。
トヨタカムロードの最大の泣き所は、乗り心地だ。
無理もない。ダイナやトヨエースなどと同じ車体がベースになっている。
とにかく跳ねる。よく揺れるで、後ろのキャビンは大変な状態になる。
困るのは、コーナーで振られたり、高速でフラフラと車体が不安定な状態になることだ。
それらの不具合を解消するために、椎名がエアーサスペンションを取り付けた。
本格的なエアーサスペンションではないが、エアーを調整することで、
安定した走りと、クッションの度合いを調整できる。
「今回の最大の特徴がこれだ。乗用車のように運転しても、とにかく安定する。
高くつくぞ、このエアーサスペンションの追加は」と、椎名が笑っていたのを思い出す。
事実。路面の凹凸を気にせずに、キャンピングカーが滑るように走行していく。
20キロに達したところで、すずがアクセルをゆるめた。
勢いを保ったままキャンピングカーが、なめらかに駐車場を横切っていく。
「上手だ。いまのところ、特に問題はなさそうだ」
「走り始めたばかりで問題が有るようでは、この先のハンドルを握らせてもらえません。
ところで国道はどちらかしら。右、それとも左?」
「駐車場を出たらすぐ左。そのまますすめば5キロほどで国道11号へ出る。
国道へ出たら、伊予方面へハンドルを切る。
海沿いを走って、およそ100キロ。3時間余りで目的の今治に着く。
今治駅から10分ほど走ったところに、脇屋義助の墓が有る。
そこが今回の旅の、終着点になる」
「あら、あとわずかで、終着点へ着いてしまうのですか。
あっけないですねぇ旅の終りは。
ようやく2人きりになれたというのに、たった3時間で終着点かぁ・・・」
「終わらないさ。終わるものか。俺たちの旅はその先から始まるんだ」
ハンドルを操作していたすずの手が止まる。
惰性で走っていたキャンピングカーが、走力を失って駐車場の真ん中で停止する。
「もう一度言って。前を見ていたから、よく聞こえなかったわ・・・」
本気なのあなたは、とすずの澄んだ目が真正面から勇作の顔を覗き込む。
「やっと2人きりになれた。
俺たちの旅ははじまったばかりさ。
この先、君がどうなろうが、俺は君と歩きつづけるつもりだ。
もう、そう覚悟を決めた。
いいだろう、これから先、君とずっと一緒に居ても」
「構いません。でも、本当にいいの、あなたはそれでも。
いつの日かわたしはあなたのことを、忘れてしまうかもしれません。
あなたの顔を見て『あら、どちらさま』などと、言い出すかもしれません。
それでもいいの、本当に?。考え直すのなら今です。
病気の女なんか見捨てて、いくらでも代わりの女性を探すことはできます。
祇園の恵子さんなんか、いい女のひとりだと思います」
「その件なら決着した。彼女にはもう、『ごめんなさい』と振られた後だ。
すずさんを一生大事にしてくださいと、かるく逃げられた。
もういいだろう、すず。
ちゃんと俺の言うことに、耳を傾けてくれ。
俺には君が必要だ。
結婚してくれとは言わないが、死ぬまで君のとなりに居たいんだ、俺は」
(116)へつづく
『つわものたちの夢の跡』第一部はこちら
(115)駐車場の真ん中で
「キーをちょうだい」覚悟を決めたのだろう、すずが白い指を伸ばす。
「大丈夫かしら、こんな大きな車。わたしのハイブリッドとだいぶ違和感があるけど」
そういいながらも、ためらいもなくキーを挿入していく。
「ルームミラーは有るが、後部がごちゃごちゃしているから使えない。
側面と後方の安全は、左右の大きなミラーで確認する。
お尻の下に前輪のタイヤが有る。
そのため、少し遅れ気味にハンドル操作をする必要がある。
この2点かな、とりあえず君が最初に注意するのは」
セルを回すと、2500ccのディーゼルターボが動き出す。
前照灯を点け、サイドブレーキを緩めると、ゆっくりと車体が動き出す。
アクセルを静かに踏み込むと、軽く反応して心地よい加速がはじまる。
ここにもキャンピングカーを改造した、椎名所長のアイデアがひそんでいる。
トヨタカムロードの最大の泣き所は、乗り心地だ。
無理もない。ダイナやトヨエースなどと同じ車体がベースになっている。
とにかく跳ねる。よく揺れるで、後ろのキャビンは大変な状態になる。
困るのは、コーナーで振られたり、高速でフラフラと車体が不安定な状態になることだ。
それらの不具合を解消するために、椎名がエアーサスペンションを取り付けた。
本格的なエアーサスペンションではないが、エアーを調整することで、
安定した走りと、クッションの度合いを調整できる。
「今回の最大の特徴がこれだ。乗用車のように運転しても、とにかく安定する。
高くつくぞ、このエアーサスペンションの追加は」と、椎名が笑っていたのを思い出す。
事実。路面の凹凸を気にせずに、キャンピングカーが滑るように走行していく。
20キロに達したところで、すずがアクセルをゆるめた。
勢いを保ったままキャンピングカーが、なめらかに駐車場を横切っていく。
「上手だ。いまのところ、特に問題はなさそうだ」
「走り始めたばかりで問題が有るようでは、この先のハンドルを握らせてもらえません。
ところで国道はどちらかしら。右、それとも左?」
「駐車場を出たらすぐ左。そのまますすめば5キロほどで国道11号へ出る。
国道へ出たら、伊予方面へハンドルを切る。
海沿いを走って、およそ100キロ。3時間余りで目的の今治に着く。
今治駅から10分ほど走ったところに、脇屋義助の墓が有る。
そこが今回の旅の、終着点になる」
「あら、あとわずかで、終着点へ着いてしまうのですか。
あっけないですねぇ旅の終りは。
ようやく2人きりになれたというのに、たった3時間で終着点かぁ・・・」
「終わらないさ。終わるものか。俺たちの旅はその先から始まるんだ」
ハンドルを操作していたすずの手が止まる。
惰性で走っていたキャンピングカーが、走力を失って駐車場の真ん中で停止する。
「もう一度言って。前を見ていたから、よく聞こえなかったわ・・・」
本気なのあなたは、とすずの澄んだ目が真正面から勇作の顔を覗き込む。
「やっと2人きりになれた。
俺たちの旅ははじまったばかりさ。
この先、君がどうなろうが、俺は君と歩きつづけるつもりだ。
もう、そう覚悟を決めた。
いいだろう、これから先、君とずっと一緒に居ても」
「構いません。でも、本当にいいの、あなたはそれでも。
いつの日かわたしはあなたのことを、忘れてしまうかもしれません。
あなたの顔を見て『あら、どちらさま』などと、言い出すかもしれません。
それでもいいの、本当に?。考え直すのなら今です。
病気の女なんか見捨てて、いくらでも代わりの女性を探すことはできます。
祇園の恵子さんなんか、いい女のひとりだと思います」
「その件なら決着した。彼女にはもう、『ごめんなさい』と振られた後だ。
すずさんを一生大事にしてくださいと、かるく逃げられた。
もういいだろう、すず。
ちゃんと俺の言うことに、耳を傾けてくれ。
俺には君が必要だ。
結婚してくれとは言わないが、死ぬまで君のとなりに居たいんだ、俺は」
(116)へつづく
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