つわものたちの夢の跡・Ⅱ
(111)初めての車中泊
喫茶室を出た2人は、ゆっくりとパーク内を歩く。
東京ドームがいくつも収まってしまいそうな広さが、2人の目の前にひろがる。
普通乗用車だけでも200台。大型専用の駐車スペースが10台分ある。
トイレと駐車場は24時間つねに、通りかかったドライバーたちのために、
明かりをつけて開放されている。
「四国の山ん中の片田舎に、信じられないほど広い敷地の道の駅がある・・・
いったいどうなっているんだ、日本の道路事情は?」
「あら。片田舎だからこそ、広い敷地が確保できるのよ。
大都会の真ん中なら50坪も確保しただけで、ここの建設費用がなくなります。
いいんじゃないの。田舎だからこそ確保できる、広大な敷地。
見かたを変えれば、これも一種の贅沢ですね」
道の駅は、午後5時に営業を終わる。
閉店間際に物産館へ戻った2人が、香川名物のうどんを頼む。
香川と言えば、讃岐うどんが有名だ。
温暖で雨が少ない気候は、うどんの原料、小麦の栽培に適している。
さぬきうどんのために開発された「さぬきの夢」が、日本一のうどんの味を支える。
さぬきうどんの特徴は、なんといってもこしの強さに有る。
こしを決めているのが、独自の塩加減。
香川で生産されている塩は、赤穂(兵庫県)とならんで特に良質と言われている。
いりこの利いた独特の出汁に、すずが「美味しい~」と嬉しそうに目をほそめる。
「そうかい?。俺には少しばかり、魚の匂いが強すぎるがなぁ・・・」
と勇作は首をかしげる。
瀬戸内海ではいりこと呼ばれるイワシの煮干しを、出汁を採るために使う。
すずが育った北陸地方では、北上してくるトビウオを使う。
あごと呼ばれ、独特の香りの高い上品な出汁がとれる。
だが、関東風のカツオからとる出汁にすっかり慣れてしまった勇作には、
どうにも魚の匂いが強すぎる。
しかし、さぬきうどんの歯ごたえはさすがに旨い。
あっという間に完食した勇作が、手持無沙汰に周囲を見渡す。
「うどんはのど越しと言うけれど、それにしても食べるのが早すぎますねぇ、勇作は」
「昔から、早飯でね。
生産が忙しかったころは、昼飯を噛み噛み、午後の仕事をこなしたもんだ。
もっともいまどきは、そんなことをしたらパワハラだの人権無視だと、大騒ぎになる」
「あなたったら、どんなに手間暇かけてご飯を作っても、
3分で食事を終えてしまい人だもの。
わたしにしてみれば、張合いが無いッたら、ありゃしない」
「そうかい。ただ、君の食事が遅すぎるだけだろう」
フンと鼻を鳴らして、勇作が席を立つ。
物産館の中を歩き始めた勇作が、閉店間際の直販店の前で立ち止まる。
カウンターのすぐ奥。ガス台に乗ったセイロから、白い蒸気がもくもくとあがっている。
おそらくまんじゅうをふかしているのだろう。
「いくら?」と声をかけると、「10個で350円です」と店員から声が返って来る。
「あら。名物の鳥坂(とっさか)まんじゅうじゃないの。
創業は150年前。江戸時代から続く峠のまんじゅうとして有名です。
味の決め手は、秘伝のまんじゅう専用の自家製の甘酒。
これを使った生地で、甘さ控え目のこしあんを包み、30分ほどかけてじっくりと蒸す。
ふんわりしっとりとした食感は、最高だそうです。
うふふ。食後の甘味なんてずいぶんと洒落てるじゃないの、勇作。
わたしのために眼を着けるとは、見直しました」
遅れてやって来たすずが、勇作の背後でニッコリとほほ笑む。
「さっきは少し、言い過ぎた」と勇作が、買ったばかりのまんじゅうの包みを差し出す。
「いいのよ。あたしの食事が遅いのは、いつものことだもの」と嬉しそうに受け取る。
冬の日暮れは早い。5時を過ぎると、駐車場全体が真っ暗になる。
24時間解放されているトイレだけが、闇の中にぽっかりと浮かび上がる。
宿泊ができる最奥の温泉施設にも、点々と部屋の明かりが灯る。
だがそれ以外に、道の駅の広い空間に照明は無い。
広大なテーマパークが、冬の闇の中に急速に沈んでいく。
小高い山に囲まれていることもあり、陽が落ちるとあっという間にすべてが真っ暗になる。
初めての常夜灯が、後部キャビンに点灯される。
正規品では明るすぎるため、椎名が特別にLIDで製作してくれたものだ。
書き物をするには少し暗すぎるからと、テーブルの上に特製の照明も追加してくれた。
今夜はじめて、追加された照明も点く、。
「あら・・・意外に落ち着きますねぇ。この雰囲気は!」
FF暖房機が。静かに動き出す。
快適な温度になった室内を見渡して、「これならぐっすり眠れそう」と、すずが
はじめてほっとしたように笑う。
すずは実は、極端なまでの冷え性の持ち主なのだ。
(112)へつづく
『つわものたちの夢の跡』第一部はこちら
(111)初めての車中泊
喫茶室を出た2人は、ゆっくりとパーク内を歩く。
東京ドームがいくつも収まってしまいそうな広さが、2人の目の前にひろがる。
普通乗用車だけでも200台。大型専用の駐車スペースが10台分ある。
トイレと駐車場は24時間つねに、通りかかったドライバーたちのために、
明かりをつけて開放されている。
「四国の山ん中の片田舎に、信じられないほど広い敷地の道の駅がある・・・
いったいどうなっているんだ、日本の道路事情は?」
「あら。片田舎だからこそ、広い敷地が確保できるのよ。
大都会の真ん中なら50坪も確保しただけで、ここの建設費用がなくなります。
いいんじゃないの。田舎だからこそ確保できる、広大な敷地。
見かたを変えれば、これも一種の贅沢ですね」
道の駅は、午後5時に営業を終わる。
閉店間際に物産館へ戻った2人が、香川名物のうどんを頼む。
香川と言えば、讃岐うどんが有名だ。
温暖で雨が少ない気候は、うどんの原料、小麦の栽培に適している。
さぬきうどんのために開発された「さぬきの夢」が、日本一のうどんの味を支える。
さぬきうどんの特徴は、なんといってもこしの強さに有る。
こしを決めているのが、独自の塩加減。
香川で生産されている塩は、赤穂(兵庫県)とならんで特に良質と言われている。
いりこの利いた独特の出汁に、すずが「美味しい~」と嬉しそうに目をほそめる。
「そうかい?。俺には少しばかり、魚の匂いが強すぎるがなぁ・・・」
と勇作は首をかしげる。
瀬戸内海ではいりこと呼ばれるイワシの煮干しを、出汁を採るために使う。
すずが育った北陸地方では、北上してくるトビウオを使う。
あごと呼ばれ、独特の香りの高い上品な出汁がとれる。
だが、関東風のカツオからとる出汁にすっかり慣れてしまった勇作には、
どうにも魚の匂いが強すぎる。
しかし、さぬきうどんの歯ごたえはさすがに旨い。
あっという間に完食した勇作が、手持無沙汰に周囲を見渡す。
「うどんはのど越しと言うけれど、それにしても食べるのが早すぎますねぇ、勇作は」
「昔から、早飯でね。
生産が忙しかったころは、昼飯を噛み噛み、午後の仕事をこなしたもんだ。
もっともいまどきは、そんなことをしたらパワハラだの人権無視だと、大騒ぎになる」
「あなたったら、どんなに手間暇かけてご飯を作っても、
3分で食事を終えてしまい人だもの。
わたしにしてみれば、張合いが無いッたら、ありゃしない」
「そうかい。ただ、君の食事が遅すぎるだけだろう」
フンと鼻を鳴らして、勇作が席を立つ。
物産館の中を歩き始めた勇作が、閉店間際の直販店の前で立ち止まる。
カウンターのすぐ奥。ガス台に乗ったセイロから、白い蒸気がもくもくとあがっている。
おそらくまんじゅうをふかしているのだろう。
「いくら?」と声をかけると、「10個で350円です」と店員から声が返って来る。
「あら。名物の鳥坂(とっさか)まんじゅうじゃないの。
創業は150年前。江戸時代から続く峠のまんじゅうとして有名です。
味の決め手は、秘伝のまんじゅう専用の自家製の甘酒。
これを使った生地で、甘さ控え目のこしあんを包み、30分ほどかけてじっくりと蒸す。
ふんわりしっとりとした食感は、最高だそうです。
うふふ。食後の甘味なんてずいぶんと洒落てるじゃないの、勇作。
わたしのために眼を着けるとは、見直しました」
遅れてやって来たすずが、勇作の背後でニッコリとほほ笑む。
「さっきは少し、言い過ぎた」と勇作が、買ったばかりのまんじゅうの包みを差し出す。
「いいのよ。あたしの食事が遅いのは、いつものことだもの」と嬉しそうに受け取る。
冬の日暮れは早い。5時を過ぎると、駐車場全体が真っ暗になる。
24時間解放されているトイレだけが、闇の中にぽっかりと浮かび上がる。
宿泊ができる最奥の温泉施設にも、点々と部屋の明かりが灯る。
だがそれ以外に、道の駅の広い空間に照明は無い。
広大なテーマパークが、冬の闇の中に急速に沈んでいく。
小高い山に囲まれていることもあり、陽が落ちるとあっという間にすべてが真っ暗になる。
初めての常夜灯が、後部キャビンに点灯される。
正規品では明るすぎるため、椎名が特別にLIDで製作してくれたものだ。
書き物をするには少し暗すぎるからと、テーブルの上に特製の照明も追加してくれた。
今夜はじめて、追加された照明も点く、。
「あら・・・意外に落ち着きますねぇ。この雰囲気は!」
FF暖房機が。静かに動き出す。
快適な温度になった室内を見渡して、「これならぐっすり眠れそう」と、すずが
はじめてほっとしたように笑う。
すずは実は、極端なまでの冷え性の持ち主なのだ。
(112)へつづく
『つわものたちの夢の跡』第一部はこちら
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