落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第77話 どうしても、聞きたい話

2015-01-06 11:31:52 | 現代小説
ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。


おちょぼ 第77話 どうしても、聞きたい話






 「どうしても、聞きたい話があるのですが」とサラが、小染姉さんを見つめる。
「なんや」3杯目の京番茶を飲み干した小染めが、「なんでも聞きいな」と
嬉しそうに目を細める。
傍目から見ていると、まるで曾祖母(ひいばあちゃん)とひこ孫が仲良く、
縁側で交わしている会話のようだ。


 「モルガンお雪さんと言うお人の伝説が、祇園では有名どす。
 いったいどういうお方なんどすか。
 お雪さんという名前は分かりますが、なんで上にモルガンという、
 カタカナの名前が付くんどすか?」


 「明治の頃。一番の玉の輿に乗ったお雪のことどすなぁ」

 「玉の輿・・・なんどすか、その玉の輿ちゅうのは」



 「玉は、美しいものの総称のことどす。
 宝石ちゅういう意味もありますなぁ。
 輿は、貴人を乗せて人を運ぶ乗り物のことどす。
 美しい女性が、金持ちの旦那さまと結婚する事をいうんどす。
 一転して裕福な立場になる事をむかしから、玉の輿に乗るいうんどす」


 「ずいぶん、心地の良さそうな乗り物ですなぁ」と、サラがほほ笑む。
「そうどすなぁ。乗るのは簡単どすが一生乗り続けることは、至難のようどす。
お雪さんも最後の頃は、ずいぶんと苦労しはったようどす。
それでもまぁ。祇園の芸妓が途方もない大金を手にしたという出世物語どすから、
明治の頃は、センセーショナルいうんどすか、大評判をよんだようどす」
祇園で一番の出世物語どすなぁ、と小染め姉さんが膝を乗り出す。


 「お雪さんは14歳の頃、尾花亭から舞妓さんとして出はりました。
 芸事に秀でた、美人の芸妓はんどす。
 胡弓を弾かせたら、天下一と大きな評判を集めたそうどす。
 明治30年代の出来事どす。
 そのお雪さんが、当時できたばかりの京大の学生さんやった川上さんと
 恋仲にならはりました。
 夜は祇園の名妓、昼は川上さんの下宿で新妻と言う二重の生活を、
 内緒でしておりました。
 そこへ現れたのが、世界の大富豪、ボン・モルガンさんどす。
 モルガンさんは一目で、お雪さんに恋してしまうんどす。
 渋るお雪はんをモルガンさんは、誠実に粘り強く、口説かれはったんですなぁ」


 「あらまぁ。それはまた、お雪はんにしてもお困りどすなぁ。
 お金持ちからの求婚に心が動きますが、新妻暮らしという立場では
 これはもう、どうにもなりまへんなぁ」


 「そう。その通りや。
 お雪さんとしてもモルガンさんの情にほだされて、男はん2人の間で板挟みや。
 けどなぁ、川上さん恋しの気持ちを、偽るわけにはいかしまへん。
 困り果ててあるとき、身請けを諦めてもらおう思うて大金を口にするんどす。
 それも途方もない身請けの金額を、いわはったんどす」


 「身請け話どすか。なんや、時代劇みたいどすなぁ」



 「あはは。いまから100年以上も前の話どす。
 祇園でも、水揚げや旦那はん制度というものが、大出を振っていた時代どす。
 女が芸に生きるために、スポンサー制度が有ったんどすなぁ。
 いえいえ。いまは何処を探しても、そうしたしきたりは残っておりません。
 いまどきの舞妓の水揚げは、色事抜きですすめます。
 割れしのぶというのが、舞妓の最初の髪型どす。
 そこからおふくに変り、勝山、奴島田、舞妓最後の髪型である先笄に
(先笄※さっこ、さきこうがい)すすんで、鬘(かつら)がかぶれる芸妓になるんどす。
 その昔。身請けの時に、少なからぬお金が動いたのは事実どす。
 けどお雪さんの場合は少々、ケタが違いましたんなぁ。
 『今の旦那さんと別れるに、4万円が、必要どす』と言い張ったんどす。
 4万円を今のお金に換算すると、ゆうに1億円を超えます。
 いくらなんでも、世界の大富豪やいうたかて1億円は大金どす。
 それに、相場と言ういうもんもあります。
 名花の誉れ高い祇園の芸妓やいうても、4万円の身請け金は法外すぎますなぁ。
 この話は噂が噂を呼び、やがて、世間中が大騒ぎになります・・・」



第78話につづく

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