「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。
おちょぼ 第33話 佳つ乃(かつの)の直感
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/b8/529e57378558a150a015b14bc77b8543.jpg)
「ウチはあんたを弟として見る前に、まず画家としての可能性に気が付いた。
あんたは気が付いておらんけど、あんたの中には埋もれた才能が有る。
清乃を描いた線の中に、ウチはそれを見つけた。
友禅染めの若い作家や陶芸の若い人たちと共通する、きらめきを持っとる。
あんたが目標に向かって昇りきる人か、昇りきらずに終わる人か、そら分からん。
けど可能性は、昇りたいと念じる人に平等にある。
けどなぁ。一番肝心なあんたが、路上似顔絵師の仕事で満足しとる。
ウチはそれに、心の底から腹が立つ」
グラスを置いた佳つ乃(かつの)が、梅田の夜景を背にして立ち上がる。
「あんたは今のぬるい暮らしに満足してんのか、本気で」といきなり怖い目をして、
路上似顔絵師の顔を真正面から、覗き込む。
「祇園の女はこわいでぇ。
15分もあれば、初対面のお客様さんの気持ちをほぐしてみせます。
扇子一本で、お客様をもてなします。
お名前はお客様同士のやりとりから聞きとり、その場で覚えます。
3年前に出た話題も決して忘れません。
徳利の傾きも見逃しません。
気遣いと心配りなら、誰にも引けは取りません。
舞、お茶、お華、小唄、どれをとっても第一線のお師匠はんから習います。
洋画、日本画、陶芸、歌舞伎など、常に一流を鑑賞します。
祇園には、ゼネコンの社長はんや、IT産業の寵児たちが遊びに来ます。
それだけやおへん。外国の国賓クラスもお忍びで遊びに見えます。
お座敷で、一流と呼ばれる男たちを接待する。それが祇園の芸妓の仕事どす。
あら。なによ、ビビったあんたのその目は。
そんなことやから自分の才能に気が付いておらん男は、あかんのどす」
「僕に才能が有る?。
佳つ乃(かつの)さんは、僕のことを本当にそう思っているのですか?」
「同じことを何度も言わせへんで。
芸術の頂点がエベレストの頂なら、あんたはエベレストの麓に立っとるはず。
麓に立つ資格を、すでに持っとると言う意味どす。
けどエベレストの頂まで昇れるかどうかは、あんたのこれからの努力次第どす。
すくなくてもあんたは、昇るための才能を持ってます」
「そんな風に言われたのは、初めてだ・・・」
路上似顔絵師が、佳つ乃(かつの」の顔を正面から見つめ返す。
綺麗だと心の底から思わせるほど、佳つ乃(かつの)の美貌には素晴らしいものがある。
切れ長の眉と、黒い瞳に見つめられただけで、男なら心がとろけてしまう。
清乃が佳つ乃(かつの)の美しい芸妓姿に憧れて、中学卒業とともに身体一つで、
祇園に飛び込んできた心境が、いまなら良く分かる。
「あんたは美の都まで行きながら、選択を間違えてしもた。
モンマルトルの丘で画家の卵たちに交じり、似顔絵を描き始める前に、
セーヌ川の右岸にある、ルーブル美術館に通うべきやった。
常設展のチケットだけなら12ユーロ。
ナポレオン・ホールの企画展のチケットは、 13ユーロ。
ルーヴル美術館とウジェーヌ・ドラクロワ美術館の常設展と、ぜんぶの企画展に
アクセスでける共通チケットを買うても、16ユーロ。
日本円に換算しても、2000円足らず。
それだけ払えば一日中、世界一流の美にひたることが出来ます。
1週間でも1ヶ月でも、あんたはフランスに居るかぎり、そうすべきやったんどす」
「ずいぶん詳しいですねぇ、ルーブルのことが・・・」
「ウチもパリに1週間ほどおったことが有んのどす。
昼間はおっきいお姉はんたち(先輩芸妓)と、観光地巡りをしましたが、
すこしでも時間が開けば、ルーブルに足を運びました。
普段は18時で閉館やけど、水曜と金曜は21時45分まで開館をしてます。
あんた。パリまで行きながら、随分ともったいないことをしましたなぁ」
カチリと乾杯のグラスを合わせた佳つ乃(かつの)が、
「あんたはなんの心配もせんでもええ。万事、ウチにまかせときなさい。うふふ」
と美しい唇に、微笑みを浮かべる。
第34話につづく
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