東京電力集金人 (20)王様トマト
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/21/e5/9ad40238dc9f138e962d286f30be12e6.jpg)
トラクターで除雪してあるとはいえ、やはり雪の田舎道は足元が悪い。
何度も足を取られながら、必死の思いでビニールハウスの入り口までようやくたどり着く。
「おう、無事にたどり着いたようだな。足場の悪い道をようこそ。
屋根の上で作業していた姿も美人だったが、こうして真近にみるとなおさらだな。
太一。こんな美人を、いったいいつどこで見つけてきたんだ」
作業着の先輩がハウスの中から完熟トマトを片手に、のっそりと顔を出す。
『こいつは6番目の王様トマトで、ソプラノという品種の特別なトマトだ。
昔は普通に普及している大玉のトマトを、特別な栽培法で高糖度のトマトに育てていたが、
いまはこういう新品種が有るから、すこぶる便利になってきた。
最初から高糖度用の苗として、開発されているからな』
ほら、完熟品を見つけてきたから食べてみなと、るみの手のひらにポンとトマトを転がす。
「王様トマトですか・・・。ソプラノと言う新しい品種?。
素人の私には、なにがなんだかよく分かりません。
それにこれ。完熟だと言いますが、真っ赤ではなく、どことなくオレンジ色です。
薄い黄色の筋のようなものが、表面から星の様に放射状に走っているし・・・・
ほんとにこんな見てくれのトマトが、良品なんですか?」
「素人目には、確かにそう見えるだろう。
いいから、俺に騙されたと思ってがぶりと食ってみな。
素人はトマトと言えば真っ赤だと思い込んでいるし、全体が真っ赤なら良品だと思っている。
糖度が有り、適度に隠し味の酸味が効いているのが、こういうオレンジ色のトマトだ。
黙って食え。別次元の味がするから」
半信半疑のるみが、パクリとオレンジ色のトマトにかじりつく。
『え?』と驚き目を丸くしたるみが、やがて、うふふと頬を緩めて笑いだす。
『ほんとです。まったく別世界の味がします。ジューシな水分がたっぷりと溢れ出してくるし、
ほんおり後からやってくるトマト特有の酸味が、美味しさと甘みを一層引き立ててくれます!』
と真剣な目をしたるみが、絶賛の言葉を並べ立てる。
「王様トマトと言うのは、果肉がしっかりした完熟トマトの品種のことだ。
これまでのトマトを越えた、これからのトマト品種だ。
トマトには、5段階の熟度が有る。
1段階目は真っ青なトマトのことで、最上段の5段階目が、完熟した真っ赤なトマトだ。
トマトはわずかに赤みが出てきた2段階目の、未熟な状態で収穫される。
選別を経てそのまま市場へ、青いトマトのままで出荷をされる」
「え、2段階目の未熟な状態で収穫するのですか?。
でも私たちがスーパーで買うときのトマトは、どれも真っ赤ですが・・・・」
「収穫から店頭に並ぶまでの時間を逆算して、トマトを収穫するためだ。
従来のトマトを、赤く熟してから収穫して市場へ出荷すると、輸送中に柔らかくなる。
中には痛み出す物まで出る。それを防ぐために、必ず青いうちに収穫をする。
だがこの新製品の王様トマトは、その点が異なる。
果肉がしっかりしているから、4段階以降の赤さで収穫して出荷することができる。
輸送に耐えることができるし、完熟度が違うから、当然味も食感も格段に良くなる。
あんたが今食べたトマトの感動が、そのまま消費者に届くというわけだ」
「なるほど。王様トマトという品種のことはよくわかりました。
では、6番目の品種のソプラノという意味は、どういうことなのですか?」
「おっ、トマトの話に食いついてきたね、ネエチャン。いい傾向だ。
王様トマトというのは、サカタ種苗が開発した肉質のしっかりした品種のことだ。
「麗容」「麗夏」「ごほうび」「マイロック」「ろくさんまる」の5品種のことで、
赤熟収穫した場合だけ、そう呼ぶことのできるブランド名のことだ。
「ソプラノトマト」は、王様トマト群に新たに加わった6番目の品種だ。
夏にタネをまき、冬から春にかけて収穫をする。
高品質生産で能力を発揮する、赤熟出荷用の6番目の品種というところかな」
「なんだかよくわかりません。お話が専門的すぎて・・・・」呆気に取られたるみが、
あんぐりと口を開いたまま、先輩の顔をしみじみと見つめます。
『そらあ、そうだ。素人に小難しい理屈を説明しても、理解するには無理がある。
分かりやすい見本が有るから、論より証拠だ。そっちのビニールハウスを見せてやろう。
こっちだネエチャン』と先輩が、畑の最奥に見えるビニールハウスを指さす。
「30年前に俺たちのおやじ達が作り出した、ブリックスナインの原点があそこにある。
普通に栽培すれば大玉になるトマトを、独自の栽培法でフルートトマトに変えたんだ。
一般的にトマトの糖度は、4度~5度と言われている。
ウチのおやじ達は、従来の栽培方法を無視して、糖度の高いトマト造りに没頭をした。
その結果、群馬県太田市近郊で生まれたフルーツトマトが、このブリックスナインだ。
糖度は、9度を軽く超える。
おやじ達の努力に敬意を表して、いまでも昔のやり方のままでトマトを育てているんだ。
ほんとは門外不出の技術だが、オネエチャンの熱意に免じて特別に公開しょう。
太一も、一緒に着いて来な」
(21)へつづく
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トラクターで除雪してあるとはいえ、やはり雪の田舎道は足元が悪い。
何度も足を取られながら、必死の思いでビニールハウスの入り口までようやくたどり着く。
「おう、無事にたどり着いたようだな。足場の悪い道をようこそ。
屋根の上で作業していた姿も美人だったが、こうして真近にみるとなおさらだな。
太一。こんな美人を、いったいいつどこで見つけてきたんだ」
作業着の先輩がハウスの中から完熟トマトを片手に、のっそりと顔を出す。
『こいつは6番目の王様トマトで、ソプラノという品種の特別なトマトだ。
昔は普通に普及している大玉のトマトを、特別な栽培法で高糖度のトマトに育てていたが、
いまはこういう新品種が有るから、すこぶる便利になってきた。
最初から高糖度用の苗として、開発されているからな』
ほら、完熟品を見つけてきたから食べてみなと、るみの手のひらにポンとトマトを転がす。
「王様トマトですか・・・。ソプラノと言う新しい品種?。
素人の私には、なにがなんだかよく分かりません。
それにこれ。完熟だと言いますが、真っ赤ではなく、どことなくオレンジ色です。
薄い黄色の筋のようなものが、表面から星の様に放射状に走っているし・・・・
ほんとにこんな見てくれのトマトが、良品なんですか?」
「素人目には、確かにそう見えるだろう。
いいから、俺に騙されたと思ってがぶりと食ってみな。
素人はトマトと言えば真っ赤だと思い込んでいるし、全体が真っ赤なら良品だと思っている。
糖度が有り、適度に隠し味の酸味が効いているのが、こういうオレンジ色のトマトだ。
黙って食え。別次元の味がするから」
半信半疑のるみが、パクリとオレンジ色のトマトにかじりつく。
『え?』と驚き目を丸くしたるみが、やがて、うふふと頬を緩めて笑いだす。
『ほんとです。まったく別世界の味がします。ジューシな水分がたっぷりと溢れ出してくるし、
ほんおり後からやってくるトマト特有の酸味が、美味しさと甘みを一層引き立ててくれます!』
と真剣な目をしたるみが、絶賛の言葉を並べ立てる。
「王様トマトと言うのは、果肉がしっかりした完熟トマトの品種のことだ。
これまでのトマトを越えた、これからのトマト品種だ。
トマトには、5段階の熟度が有る。
1段階目は真っ青なトマトのことで、最上段の5段階目が、完熟した真っ赤なトマトだ。
トマトはわずかに赤みが出てきた2段階目の、未熟な状態で収穫される。
選別を経てそのまま市場へ、青いトマトのままで出荷をされる」
「え、2段階目の未熟な状態で収穫するのですか?。
でも私たちがスーパーで買うときのトマトは、どれも真っ赤ですが・・・・」
「収穫から店頭に並ぶまでの時間を逆算して、トマトを収穫するためだ。
従来のトマトを、赤く熟してから収穫して市場へ出荷すると、輸送中に柔らかくなる。
中には痛み出す物まで出る。それを防ぐために、必ず青いうちに収穫をする。
だがこの新製品の王様トマトは、その点が異なる。
果肉がしっかりしているから、4段階以降の赤さで収穫して出荷することができる。
輸送に耐えることができるし、完熟度が違うから、当然味も食感も格段に良くなる。
あんたが今食べたトマトの感動が、そのまま消費者に届くというわけだ」
「なるほど。王様トマトという品種のことはよくわかりました。
では、6番目の品種のソプラノという意味は、どういうことなのですか?」
「おっ、トマトの話に食いついてきたね、ネエチャン。いい傾向だ。
王様トマトというのは、サカタ種苗が開発した肉質のしっかりした品種のことだ。
「麗容」「麗夏」「ごほうび」「マイロック」「ろくさんまる」の5品種のことで、
赤熟収穫した場合だけ、そう呼ぶことのできるブランド名のことだ。
「ソプラノトマト」は、王様トマト群に新たに加わった6番目の品種だ。
夏にタネをまき、冬から春にかけて収穫をする。
高品質生産で能力を発揮する、赤熟出荷用の6番目の品種というところかな」
「なんだかよくわかりません。お話が専門的すぎて・・・・」呆気に取られたるみが、
あんぐりと口を開いたまま、先輩の顔をしみじみと見つめます。
『そらあ、そうだ。素人に小難しい理屈を説明しても、理解するには無理がある。
分かりやすい見本が有るから、論より証拠だ。そっちのビニールハウスを見せてやろう。
こっちだネエチャン』と先輩が、畑の最奥に見えるビニールハウスを指さす。
「30年前に俺たちのおやじ達が作り出した、ブリックスナインの原点があそこにある。
普通に栽培すれば大玉になるトマトを、独自の栽培法でフルートトマトに変えたんだ。
一般的にトマトの糖度は、4度~5度と言われている。
ウチのおやじ達は、従来の栽培方法を無視して、糖度の高いトマト造りに没頭をした。
その結果、群馬県太田市近郊で生まれたフルーツトマトが、このブリックスナインだ。
糖度は、9度を軽く超える。
おやじ達の努力に敬意を表して、いまでも昔のやり方のままでトマトを育てているんだ。
ほんとは門外不出の技術だが、オネエチャンの熱意に免じて特別に公開しょう。
太一も、一緒に着いて来な」
(21)へつづく
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