落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(40) 第四話 農薬⑥

2019-10-03 17:59:06 | 現代小説
 北へふたり旅(40) 






 「しみじみ呑むときは、日本酒にかぎる。
 もう一杯いこう」


 Sさんの手が四合瓶(720ml)へ伸びる。
四合瓶は群馬の地酒、赤城山(近藤酒造)の男の酒辛口。




 冷えた男の辛口。Sさんの大好物だ。
キンキンに冷えた酒は継いだ瞬間、グラスを白く曇らせる。
「こいつがなんとも旨い」
口元へ運んだSさんが、冷酒をいっきに胃袋へ流し込む。


 「Sさん。味わって呑んでください。品がありません」


 「余計な世話だ。これがおれの流儀だ。
 むかしから、2級ばかり呑んできた。
 チビチビ呑むのはどうにも性に合わねぇ。
 酒はこうやって胃袋へいっきに流し込むのが、一番だ」


 1992年4月。それまでの日本酒の級別制度が廃止になった。
級別制度は、日本酒を特級・一級・二級とランク付けしたものだが、
大蔵省がついに不備をみとめた。


 「特級酒は優良」「一級酒は佳良」。ここまでの区別はわかる。
問題は「それ以外のものは二級酒」と規定したことだ。


 酒は政府の級別審査に出品し、審査を受ける。
合格すると「特級」か「一級」。
しかし。合格したもの以外はすべて「二級」扱い。


 特級や一級には、高い税金が課せられる。
ぜいたく品に高額の税をかける。いかにも昭和的な発想だ。
そのため審査に出品しない清酒が、5割をこえた。
とうぜんランクは規格外。
これらの酒は「二級」のラベルを貼ることになる。


 審査に出ていないから、「二級」。
こうして「特級」よりうまい二級酒がちまたにあふれた。


 級別制は国家権力による不当表示、詐欺の強要だと消費者連盟が告発した。
この告発に大蔵省は、沈黙絶句したという。
ついに非を認めた。
今度は、吟醸酒・大吟醸酒・純米酒・吟醸純米酒・本醸造酒などの、
わかりにくい表示が導入された。


 「草のはなしへもどそう。いくら抜いてもよ。
 どれだけ丁寧に刈りとっても、草はかならず生えてくる。
 根が残っているうちは駄目だ。
 完璧に処理したと思っても、翌日には新しい芽が出ている。
 草とのいたちごっこに、多くの農家が疲れている」


 群馬は真冬になると、赤城山から乾いた風が吹き降りてくる。
これが『かかぁ天下』とともに有名な、上州の空っ風(からっかぜ)。
平均で毎秒10mの風がふく。


 この風が畑の土をまきあげる。
さらさらの土が道路を横切る。
黄色い砂塵がカーテンのように空をおおうこともある。


 道路の縁石のふちへ、風に運ばれた砂塵が数センチ積みあがる。
雑草はこれで充分。風にはこばれてきた草の種がここへ根を下ろす。
春がやってくる。いの一番に草の芽が出る。


 草は、少々の乾燥ではへこたれない。
雨の翌日。かれらはいっきに元気を取り戻し、背丈をさらに延ばす。
夏真っ盛り。雑草の垣根ができあがる。
わたしが散歩する4車線バイパスの歩道には、背丈1mをこえる草花が
見事なまでにつらなっている。


 「雑草の成長は速い。野菜なんかまるで勝てん。
 芽を出したホウレンソウやキャベツは、あっというまに雑草にかくれちまう」


 野菜を傷めないよう、手で草を取り除いていく。
畑仕事の大半は、草むしりじゃないかと思うほど手間暇がかかる。
抜いても抜いても、つぎからつぎ生えてくるからだ。


 「誰だって解放されたいさ。
 草退治は厄介だからな。
 手っ取り早く片づけるならやっぱり、除草剤の散布だな」




(41)へつづく


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1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
久しぶりに 速いテンポ (屋根裏人のワイコマです)
2019-10-03 19:11:16
早速のアップを ありがとうございます
あまり早足で歩かないでくださいね
躓きそうになりますから・・(^o^)
いつまでも暑さが残って昼間のお仕事は
ハウスの中・・サウナでしょう。
水分補給ではダメなようですよ
一番は、経口補水液
二番は、スポーツドリンク
三番が、冷たい味噌汁
熱中症予防に適した飲み物、水分
ナトリウム・カリウム・塩分を
バランスよく摂取してくださいね
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