赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (11)
(11)妖艶な巫女姿
「不思議な雰囲気を持っている子やなぁ、あの子は。
はじめて見る子だが、いったいどこの子や・・・」
ファインダー越しに、ひたすら清子の姿を追い続けていた初老の男が、
ふっと、深いため息を吐く。
カメラから、疲れきった目を離す。
(久しぶりに熱くなった・・・・それにしても、なんとも魅力的な子やなぁ)
額から流れ落ちてくる汗を、こぶしでぬぐう。
初老の男が見つめる先に、6人の芸妓に取り囲まれている巫女姿の清子がいる。
美人ぞろいの芸妓たちよりも、白装束に緋袴姿の清子はひときわ輝いている。
この時期になるとこの男は、かならずあらわれる。
壇ノ浦の戦いから831年。平家の栄華を再現する祭りが、湯西川温泉の平家大祭。
湯西川温泉と言えば、平家の落人伝説。
落人伝説をもつ温泉街が、この時期だけ平家一色になる。
男があらためて、200人あまりの行列を見回していく。
その眼は、獲物を探すタカの目だ。
荘厳な雰囲気を持つ平家大祭を、年に一度の楽しみにしている。
男がやがて小高い位置に陣取る。イベントの始まりを待つ。
巫女の出番は、最初にやって来る。
少女たちによって演じられる巫女の舞に清められてから、武者と美女達の行列が
出発のときの声をあげる。
平家に由来する湯殿山神社の境内を、後にする。
まちびとたちが扮した平清盛や平敦盛。平重盛と姫君。おおくの武者と白拍子たちが、
安徳天皇の一行を擁護しながら、200名余りの武者行列をつくる。
温泉街を横切り「平家の里」までの登りの道、2kmあまりをねり歩く。
「ウチの赤襟で、清子といいます。
ウチ。20年ぶりに芸子を育てることに、いたしました」
清子に見とれている男の肩を、ポンと春奴が叩く。
「えっ・・・。
妙に雰囲気の有る子やなぁと思っていたら、やっぱり春奴一門の新人さんか。
それにしても、色っぽいなぁ、あの子の立振る舞いは」
初老の男の顔をのぞきこみながら、ふたたび春奴が笑いかける。
「何言うてんの、あんた。あんなの、ただ巫女の衣装が似合っているだけやないの。
相当、ボケてきましたなぁ、あんたも。
あの子はまだ、半玉でも何でもあらしません。
2月ほど前、湯西川へやって来ましたが、いまはまだ行儀見習いの修業だけです。
本格的なお稽古は、なにひとつ、始まっておりません。
昼間、猫と遊んでいるだけです。
いまのところは、ただ普通のどこにでもいる娘さんです」
「嘘つけ。馬鹿なことを言うんじゃねぇ。俺の目は、節穴じゃねえ。
動くたびに、目を惹きつける何かが有る。
しかし、偶然とはいえ驚いたねぇ・・・・
まるで、20年前に巫女役をつとめた、6番目の弟子だった女の子の
再来かと思ったぜ。
あの雰囲気は、ただ者じゃねぇ」
「20年前の女の子は、豊春のことでしょ。
なんだい。もうろくしましたねぇ。贔屓の芸妓の名前まで忘れちまったのかい。
薄化粧しただけの清子が際立って見えるなんて、あんたもいよいよ、
年貢のおさめどきですねぇ」
「スっと手を挙げる。
ちょっとした舞の仕草を見せるだけで、ドキリとするものがある。
嘘じゃねぇ。切れ長の目がこっちを見ただけで、心がとろけそうだ。
なんだよ・・・ただの俺の勘違いかよ。
修行にも入っていないど素人の女の子か、あの子は。
しかし。そうと知っても、やっぱりなんだか、どこか気になる女の子だな」
「ふふふ。やっぱり節穴じゃなさそうだね。あんたのその目は」
「あたりまえだ。春奴一門の粒ぞろいの6人の芸妓衆を、売り出す前の
少女の頃から、つぶさに見つめてきたんだ。
素材からいえばあの子が、6人の中でピカイチじゃないのか?」
「あの子に、これといった取り柄はありません。
舞は下手くそ。物覚えも、あきれるほど遅いものがある。
強いて挙げるとすれば、素直な性格が取り柄かしらねぇ・・・・うっふっふ」
「嘘つけ。お前さんとは40年来の付き合いになる。
何かを感じたから、20年ぶりに新人を育てる気持ちになったんだろう?。
何が見えたんだ。お前さんの目には」
「芸者になりたいと、いきなり私のところへ飛び込んできました。
いまどき珍しい子です。
どうして芸者になりたいという子を、頭から否定したのでは可哀想です。
もうひとり、最後に育ててもいいかなと考えただけです。
別に他意は、ありません」
「納得できねぇなぁ・・・・
お前さん以上にあの6人が、喜んでいるのも妙に不思議だ。
で。芸妓名はどうするんだ。それくらいはもう、考えてあるんだろう」
「呼ばれた瞬間に、ニッコリ答える笑顔が素敵です。
シャンと背筋を伸ばして座るたたずまいは、女が見ても痺れます。
そんな雰囲気の中から、あの子たちも、何かを感じとっているようです。
名前のほうはすでに決めてあります。
ですが、訳がありましてまだ、公表することはできません」
『冷てえなぁ、お前も』と初老の男が愚痴る。
『ふふふ。そう言うだろうと思っていました。ここだけですよ』
と春奴が近づいてくる。
『大きな声では言えません。ですが特別にお教えしましょう。あなただけに』
と小声でささやく。
『あの子の芸妓名はねぇ・・・』と男の耳に唇を寄せる。
「・・・・なっ、なんだって。2代目春奴を襲名させるだって!。
なっ、何を考えているんだいったい、お前は」
男の驚いた目を見つめながら春奴が
『お静かに。すべてこのことは、ご内密にお願いします』と唇に人差し指を立てる。
ふふふと妖艶に、かつ楽しそうに、ニッコリと笑って見せる。
(12)へ、つづく
落合順平 作品館はこちら
(11)妖艶な巫女姿
「不思議な雰囲気を持っている子やなぁ、あの子は。
はじめて見る子だが、いったいどこの子や・・・」
ファインダー越しに、ひたすら清子の姿を追い続けていた初老の男が、
ふっと、深いため息を吐く。
カメラから、疲れきった目を離す。
(久しぶりに熱くなった・・・・それにしても、なんとも魅力的な子やなぁ)
額から流れ落ちてくる汗を、こぶしでぬぐう。
初老の男が見つめる先に、6人の芸妓に取り囲まれている巫女姿の清子がいる。
美人ぞろいの芸妓たちよりも、白装束に緋袴姿の清子はひときわ輝いている。
この時期になるとこの男は、かならずあらわれる。
壇ノ浦の戦いから831年。平家の栄華を再現する祭りが、湯西川温泉の平家大祭。
湯西川温泉と言えば、平家の落人伝説。
落人伝説をもつ温泉街が、この時期だけ平家一色になる。
男があらためて、200人あまりの行列を見回していく。
その眼は、獲物を探すタカの目だ。
荘厳な雰囲気を持つ平家大祭を、年に一度の楽しみにしている。
男がやがて小高い位置に陣取る。イベントの始まりを待つ。
巫女の出番は、最初にやって来る。
少女たちによって演じられる巫女の舞に清められてから、武者と美女達の行列が
出発のときの声をあげる。
平家に由来する湯殿山神社の境内を、後にする。
まちびとたちが扮した平清盛や平敦盛。平重盛と姫君。おおくの武者と白拍子たちが、
安徳天皇の一行を擁護しながら、200名余りの武者行列をつくる。
温泉街を横切り「平家の里」までの登りの道、2kmあまりをねり歩く。
「ウチの赤襟で、清子といいます。
ウチ。20年ぶりに芸子を育てることに、いたしました」
清子に見とれている男の肩を、ポンと春奴が叩く。
「えっ・・・。
妙に雰囲気の有る子やなぁと思っていたら、やっぱり春奴一門の新人さんか。
それにしても、色っぽいなぁ、あの子の立振る舞いは」
初老の男の顔をのぞきこみながら、ふたたび春奴が笑いかける。
「何言うてんの、あんた。あんなの、ただ巫女の衣装が似合っているだけやないの。
相当、ボケてきましたなぁ、あんたも。
あの子はまだ、半玉でも何でもあらしません。
2月ほど前、湯西川へやって来ましたが、いまはまだ行儀見習いの修業だけです。
本格的なお稽古は、なにひとつ、始まっておりません。
昼間、猫と遊んでいるだけです。
いまのところは、ただ普通のどこにでもいる娘さんです」
「嘘つけ。馬鹿なことを言うんじゃねぇ。俺の目は、節穴じゃねえ。
動くたびに、目を惹きつける何かが有る。
しかし、偶然とはいえ驚いたねぇ・・・・
まるで、20年前に巫女役をつとめた、6番目の弟子だった女の子の
再来かと思ったぜ。
あの雰囲気は、ただ者じゃねぇ」
「20年前の女の子は、豊春のことでしょ。
なんだい。もうろくしましたねぇ。贔屓の芸妓の名前まで忘れちまったのかい。
薄化粧しただけの清子が際立って見えるなんて、あんたもいよいよ、
年貢のおさめどきですねぇ」
「スっと手を挙げる。
ちょっとした舞の仕草を見せるだけで、ドキリとするものがある。
嘘じゃねぇ。切れ長の目がこっちを見ただけで、心がとろけそうだ。
なんだよ・・・ただの俺の勘違いかよ。
修行にも入っていないど素人の女の子か、あの子は。
しかし。そうと知っても、やっぱりなんだか、どこか気になる女の子だな」
「ふふふ。やっぱり節穴じゃなさそうだね。あんたのその目は」
「あたりまえだ。春奴一門の粒ぞろいの6人の芸妓衆を、売り出す前の
少女の頃から、つぶさに見つめてきたんだ。
素材からいえばあの子が、6人の中でピカイチじゃないのか?」
「あの子に、これといった取り柄はありません。
舞は下手くそ。物覚えも、あきれるほど遅いものがある。
強いて挙げるとすれば、素直な性格が取り柄かしらねぇ・・・・うっふっふ」
「嘘つけ。お前さんとは40年来の付き合いになる。
何かを感じたから、20年ぶりに新人を育てる気持ちになったんだろう?。
何が見えたんだ。お前さんの目には」
「芸者になりたいと、いきなり私のところへ飛び込んできました。
いまどき珍しい子です。
どうして芸者になりたいという子を、頭から否定したのでは可哀想です。
もうひとり、最後に育ててもいいかなと考えただけです。
別に他意は、ありません」
「納得できねぇなぁ・・・・
お前さん以上にあの6人が、喜んでいるのも妙に不思議だ。
で。芸妓名はどうするんだ。それくらいはもう、考えてあるんだろう」
「呼ばれた瞬間に、ニッコリ答える笑顔が素敵です。
シャンと背筋を伸ばして座るたたずまいは、女が見ても痺れます。
そんな雰囲気の中から、あの子たちも、何かを感じとっているようです。
名前のほうはすでに決めてあります。
ですが、訳がありましてまだ、公表することはできません」
『冷てえなぁ、お前も』と初老の男が愚痴る。
『ふふふ。そう言うだろうと思っていました。ここだけですよ』
と春奴が近づいてくる。
『大きな声では言えません。ですが特別にお教えしましょう。あなただけに』
と小声でささやく。
『あの子の芸妓名はねぇ・・・』と男の耳に唇を寄せる。
「・・・・なっ、なんだって。2代目春奴を襲名させるだって!。
なっ、何を考えているんだいったい、お前は」
男の驚いた目を見つめながら春奴が
『お静かに。すべてこのことは、ご内密にお願いします』と唇に人差し指を立てる。
ふふふと妖艶に、かつ楽しそうに、ニッコリと笑って見せる。
(12)へ、つづく
落合順平 作品館はこちら
制度があるんですね、我が地でも
もう江戸の時代から名前を世襲している
伝統の家がありますが・・親子代々
同じ名前・・そんな家のことを思い出しました
信州は昨日今日と雨です。
西日本に、雪の予報が出ています。
群馬も山沿いの北部に、雪の予報が出ています。
いよいよ本格的な冬の到来です。
今夜は炬燵で、湯豆腐に熱燗。
なんてのが、いいかもしれませんねぇ・・・