計画では、3月1日に発行でしたが、1日になっても編集部に届かない原稿があってとても心配しましたが、とにかく3月1週目のうちに発送できました。(やれやれ……ほっ!)
会報が完成するまでの委員会の総結集力を語り草にしなくては、私のストレスは収まりません。 申し訳ありませんが、今回は言わせて戴きたいと思います。
決して誰が…と、その根源・原因なのかはひとつではありませんでしたから、仕方がないことかも知れません。
この記事を読んだ方がジャッジして戴きたい…なぁ~んてね!
まあ、そんなにキリキリするものではないでしょうが、この度の委員皆さんの協力体制は見事なものでしたので、事実を記録しておきたいと思います。
2月19日(金)に、本年度第2回の運営委員会を開きました。お花見企画、記念パーティーの概要の打ち合わせ、会報の編集企画、その他が議題でした。
会報についてだけを申します。
たたき台としてのものが、ほぼ8~9割方出来ていました。この時にプリンターが故障しかけていました。印刷が均一に出来ないでまるでブラインドを掛けた風景を見るような筋が入る印刷となってしまったのです。
1割くらい安い、リサイクルのインクを求めてちょうど入れ替えたところでした。いつも利用していたので、何も不安はありませんでしたが、 近所の電気店に問い合わせたところ、リサイクルのインクは時として不純物が混ざっているかも知れない、それが原因でしょう…というので、インクを全て新品に取り替えました。
何度もクリーニングをしました。それでも改善しないので、強制クリーニングも繰り返しました。そのうちプリンターの下にインクが洩れでてしまい、あたりが黒いインクだらけ…光りの合成なら白くなるのですが、インクは多色が合わさると黒になってしまうのが、実験させてもらい証明したようなものです。
周りの掃除です。腰も、足の痛みも完全には治っていないのに、そのあたりの物を移動して夢中で掃除しました。まるで、これが「泣きっ面に蜂」みたいなものだと、可笑しくなりました。
一応、CANONのサポートセンターにメールして今日6日、運送費向こう持ちというので、修理に出しました。5年前に求めた複合機のプリンター。コピーもスキャンもできて、本当に便利に使っていたのです。印刷面の色合いも満足でしたのに、手元から離すのが不安になるくらいでした。
これからの、奮戦記は…その連携プレーは見事なものです。
まず、最終原稿が3月2日朝SOの整形外科医院の予約が10時でしたので、その道筋で頂きました。午後に直接会長による初校をして頂き、電話で指示をうけてようやく2日夜に紙面が埋まりました。
あとは編集。写真キャプションを入れたり写真を削ったり…。じつはこれが大変なのです。面積の塊の写真は、この場所へ落ち着いて欲しいのに、勝手にここは居心地が悪い(?)と、飛んだり跳ねたり、隠れてしまったり…手に負えない悪ガキです。ほんの1㎜程度小さくしても駄目な時は駄目なんです。これをおとなしくその場所に納めるように、何度も闘って勝ち取るのです。
それこそ、思う位置に納まってくれると、とっても嬉しい(!)のです。闘ってない人にはこの辺りが漠然として理解できないかもしれませんが…。
なんとか3日朝には形になりました。印刷の日取りは原稿が入ったら何方が受け持てるのかを、あらかじめお尋ねしており予定させて戴いています。まず集合写真をカメラ屋さんで印刷をしておいて、会報の紙面は自宅プリンターで。
今回は、SOプリンター故障のため、YGさんにお世話になって3日午後に彼女のプリンターで印刷しました。その日の4時過ぎにはYGさんの予定が入ったとのことでその時間を目指して作業を進めました。そして4時過ぎにYGさんのお宅を守備よくおいとま出来ました。
宛名入り封筒、はがきの印刷はYKさんの分担になっています。それらを受けるため、その帰り道に、予定のことがすんだとの連絡があったので、YKさん宅にドッキング。そこで七福神めぐり参加者の封筒に写真を入れました。YGさん宅で完成していたB5版の版下を、つなぎ合わせてB4判に整えて置きたいのでセロテープをお借りしました。カラーコピーが帰宅前に出来れば今日の内に印刷の半分は出来ると思ったのです。一応、準備OKです。
USBメモリーでの操作で時間を要したので、コピーは断念して、SOはその後の予定に入りました。孫の「雛祭り」に呼ばれている時間が迫っていたのです。夕餉を共に雛祭りのひとときを楽しむため、銀座の、C.Cケーキを背負って市川まで車で駆けつけました。
~あぁ、なんとかクリアしてほっとした気分~で、娘宅到着の5時すぎから8時半ごろまでゆったり気分で楽しみました。「泊まっていって…」とせがむ言葉を振りきって、明日の印刷にそなえなければ…と一路夜の国道を運転し、自宅に向かいました。その途中携帯メールが鳴ったのでした。
Yoko Gさんからでした。「7Pか8P(?記憶が危ういですが)の、ある所にミスが見つかった」と発見してもらいました。とくに校正する時間もないので、印刷しながらの点検したのみだったので、何があっても不思議ではないのです。念のため、このメールをYoshiko Kさんに、転送しておきました。
信号待ちの時にメール操作をするのです。やっぱり、私は駆けながら行動するタイプを地でいっていると思う瞬間です。
9時過ぎにYKさんのお許しがあって、寄らせてもらい問題を処理できれば、校正したものの印刷もここでお願いできると見込んだのです。やはり編集完了までは元原稿もないし時間も遅いしするので未完で帰りました。
明日に回せば良いとお思いかも知れませんが、YKさんご自身は明日は明日で予定が入っています。そしてYGさんもアウトでした。一番に困ったのはSOのプリンタ-が巧く作動しないことがネックです。(綱渡りのようなスリリング…)
ご指摘の部分を家に帰って校正して、モノクロ印刷部分だったので何とか騙しダマシで印刷してみたら少し筋があったけれど、版下として使えそうなのでホッと安堵した訳です。
翌日4日はハーモニープラザでの本印刷。その前にカラーコピーページの準備に参ります。1枚30円という格安のお店に出向いて、版下3枚のコピーを完成しました。この日は女性陣が動けないのでピンチヒッターに、副会長MAさんに“駄目モト”で連絡させ頂き、ちょうど空けて下さったので助かりました。
いつもなら、3人での作業で、封筒に入れて送る手続きになるんだけれど、そこまでは申し訳なくて頼めません。そのまま帰宅して今日中に送れれば…と思っていました。
あ~、年輪を重ねてその歩みを共にしていた有難みです。「用事が済んだから、これから行きます」とのYGさんからの連絡でした。
紙面の折り、ページ組み、それぞれの封筒に詰め、封筒の糊づけをして作業が完了しました。その帰りがけ(4日の夕方です)に、道筋のセブンイレブンで宅急便を出してようやく終わりました。
(活き活きと、生きているんだ~って、自己満足の“雄たけび”をあげたい気分です。)
ただ、ただ〔3月1日〕の発行を待ちかねていらっしゃるだろう会員の方に、1日でも早くにお届けできるようにと、心を一つに頑張ってきているんだなぁって、感激しています。
締め切りに間に合うように…という願いもありますが、プリンターの故障は思わぬ足止めになったことは事実です。
今回のことで、こんなにもチームプレーが見事に出来るなんて、素晴らしい仲間であることを改めて感じました。やはり10年の厚みですね。
会員の方から、今日6日に届いたと、お知らせがありました。