Sengoku1985

何故、私は鉄道を撮り続けるのか?

Clover Island#7

2014-10-08 | 鉄道写真


 それから暫く四国からは足が遠のいていましたが、平成19年春、遠征の機会を得て、D200と共に訪問しました。


 やはり始まりは岡山から。5000系5101が、出発を待っています(写真)。正面中央、連結器下の電連に要注目。


 これに乗車し、四国に入りました。



 高松には、多度津行き「いしづち」、キハ185系の編成が入ります(写真)。多客期の運用です。



 国鉄末期、四国電化に合わせ製造された電車121系です(写真、クモハ121 15他)。都市圏の205系、211系に相当します。



 N2000系試作、2458は、高知行き「しまんと」の運用に入ります(写真)。



 徳島行き「うずしお」は、N2000系2425他が運用に入ります(写真)。



 快速「マリンライナー」は、左5103、右5105が運用に入ります(写真)。



 高松発阿波池田行き普通運用に、キハ65 41他が入ります(写真)。貴重な記録です。



 そして、徳島へ。右2429他「うずしお」、左1503普通が入線します(写真)。1500形は1000形の後継で、クリーンディーゼル機関を装備しています。



 続いては、左「剣山」、右「うずしお」、キハ185系特急の並びです(写真)。私は海部行き「剣山」に乗車します。



 海部からは、ミニ私鉄「阿佐海岸鉄道」になります。今は亡きASA-201(事故廃車となった)に乗り、終点甲浦まで乗車します(写真)。ここは高知県です。


 ここからバスに乗り、延々と室戸岬を回り、高知県で再び鉄道に乗車するのですが、その先は、お遍路同様長くなるので、今回はここまでにしたいと思います。


 キハ58系・65系も最期の活躍をする中、新鋭1500形もデビュー、世代の交代を感じます。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Clover Island#6

2014-10-07 | 鉄道写真


 それでは、四国の鉄道連載第6夜は、平成16年春遠征の後半戦をお届けしたいと思います。


 松山から、高松へ。高松駅3番線には、キハ185 24他特急「うずしお」が入線しています(写真)。しかし、ヘッドマークが通常と違う気がします。



 それもその筈、この編成の中間車は、四国では現存4両(それ以外はJR九州に譲渡された)となったキロハ186、2番の「ゆうゆうアンパンマンカー」が連結されているからです(写真)。車内には、アンパンマンの遊戯室があります。



 純粋にはJR四国の車両ではありませんが、JR西日本の115系、金刀比羅神社塗装が施された編成です(写真、琴平にて)。岡山から瀬戸大橋を経て、土讃線琴平まで行く、普通電車の運用に就きます。



 再び多度津に戻り、キハ185 19他「いしづち」です(写真)。多客期に、多度津~高松間の運用に就きます。



 再び「金刀比羅神社」塗装の115系です(写真、岡山にて)。12番線(現7番線)、岡山駅の一番端っこのホームです。



 岡山駅14番線(現6番線)には、「瀬戸大橋トロッコ」が入線しています(写真、キクハ32 502)。床面に強化ガラスの部分があり、橋の真下の風景が見られる、という列車です。



 その相方は、キハ185 20です(写真)。



 時期は相前後しますが、JR四国113系、2番です(写真)。勿論種車は、その番号ではありません。


 こうして見てみると、流石に111系はありませんが、多くの車両があるのが分かります。今回は取り上げませんが、琴電も合わせれば、希少な車両も多いことが分かるでしょう。そこがやはり四国の鉄道の良いところです。以降、連載を続けていきたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Clover Island#5

2014-10-06 | 鉄道写真


 四国の鉄道シリーズ第5夜は、平成16年ゴールデンウィークの遠征をお届けします。


 岡山から入った私が、まず目指したのが徳島。徳島駅1番線には、キハ185 23他「うずしお」が出発を待っています(写真)。


 現在も「うずしお」は、キハ185系とN2000系が交互に運用に入っています。



 徳島線で阿波池田へ行き、高知へ。高知から、土佐くろしお鉄道宿毛へ。宿毛には左2003他「南風」、右TKT8000形(車番不明、土佐くろしお鉄道車両)が入線しています(写真)。


 この後は、列車に接続したバスで宇和島を目指しました。



 宇和島からは、「宇和海」ではなく「しおかぜ」で(写真、2005)。松山での解結・連結は、一大イベントです。



 宇和島発時の先頭、2109は、貫通路を開け、連結を待ちます(写真)。



 前に3両連結(写真)。1両は岡山行き、残り2両は通常高松行き「いしづち」ですが、多客期には全車岡山行き「しおかぜ」です。



 松山からの先頭車、2107です(写真)。愛称表示は、「しおかぜ」です。


 通常2番線には宇和島行き「しおかぜ」が入線していて、正に松山回転車の様相です。入換は、大変です。



 1番線宇和島寄りには貨物駅が広がり、牽引機EF65 100が停まります(写真)。触発される場所です。



 続いては、1番線は8000系8503始め8連、2番線はキハ185 3000番台(車番不明)が入線(写真)。キハ185 3000番台は、普通列車用改造車です。



 7000系7017です(写真)。7000系はcMcの7000形と、Tcの7100形のみ、単行運転を前提に設計された車両です。



 続いては、2004他「宇和海」です(写真)。宇和島「しおかぜ」と共通運用、しかし8600形登場で、運用はどう変わるのでしょうか。



 2000系試作車、2101です(写真)。愛称表示が無く、”TSE”と入ります。中間貫通路はプラグドアで落成したそうですが、現在は封鎖されています。



 その反対側は、同じく試作車の2001でした(写真)。試作車編成で「宇和海」運用に就いています。


 こんな形で2000系試作車を捉えることが出来、運が良い!


 この遠征はまだまだ続きますが、今回はこれで打ち切り、以降は次回としたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Clover Island#4

2014-10-05 | 鉄道写真


 それでは、第4夜の今日は、デジカメ化された画像を紹介したいと思います。


 デジカメD100を購入したのは平成15年、しかし満足に使わないうちに、翌年普及版D70が登場。チョットきれい、しかし安易な画像が撮れるようになりました。


 その、D70の画像から。8000系非貫通形先頭車、8502です(写真)。8000系は岡山発5連と高松発3連が連結して、初めて編成美が見られる列車、その流線型先頭車は、重要です。しかも、リニューアル前の画像が、デジカメで残っていました。



 その貫通側先頭車、8202です(写真)。3連は、全部普通車です。



 N2000系試作車、2458です(写真)。2424と共に、130キロ走行の試験を行った車両です。



 新型マリンライナー、5003です(写真)。ダブルデッカー形先頭車、運転台後及び2階がグリーン車、階下が普通指定席です。東急車輌で6両が落成しました。



 中間車5203を挟み5103です(写真)。どこかで見たスタイルです。



 それもその筈、5000系は223系を元に製造された系列、JR西日本側の編成は、223系5000番代を名乗ります(写真、クモハ223 5004)。貫通路が常時使用可能になったのが、関西の223系との違いです。



 5104(写真)。5101~5103は側面帯が緑系、5104~5106は赤系で、更に5101はこちら側にも電連も装備、多客期の2編成走行が可能になっています。



 まだ当時は走っていました、キハ65 26です(写真)。大出力機関装備、余ったスペースに冷房用DGが搭載されています。折戸もそのままです。



 その相方は、キハ58 293です(写真)。2エンジン車、DMH17Hの限界でした。キハ65とは違い、引戸でした。



 2000系、2121他「うずしお」です(写真)。多客期にはこういう列車も走るのですね。



 6000系、6002です(写真)。なかなか、出会えない車両です。



 113系、113-1です(写真)。青系の塗装です。



 今回の最後は、8002です(写真)。グリーン・一般合造車、当然先頭側がグリーン室です。


 D100は1年落ちでも羨ましがられましたが、やはり当時の技術、現在では1万円の価値もありません。しかし、この時期の写真をデジタルで残せたのは、やはり自慢になります。以降のデジカメは、買い換えの際に処分し残っていませんが、やはりD100は、タダ同然の価値だと言われても、手放せません。やはり、歴史的なカメラです。


 以降は、構図は大きな問題ですが、デジタルの画像で美しく残っています。少し、自慢したいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Clover Island#3

2014-10-04 | 鉄道写真


 平成13年に引き続き、平成14年早春に岡山に行く機会があり、その際に何枚か写真を撮りました。


 多分最終期でしょう、クロ212 4の写真です(写真)。同車は、5色のうちオレンジの帯です。



 写真がありました、2008です(写真)。後に同車は宿毛駅衝突事故に遭い、2000系初の廃車となりました。無念。



 平成16年春に、高松まで足を伸ばしました。左キハ185 22他「いしづち」(多度津行き)、右2001他です(写真)。右2001は、2000系試作車の1両で、愛称表示が無く、”TSE”の表示があります。



 岡山に戻り、クハ113-3始め4連です(写真)。JR東日本から譲受した113系を改造・改番し使用します。勿論初号車ではありません。3編成とも色が異なるのが特徴です。


 これが、フィルムでの最後の写真、以降は主要な撮影はデジカメへと移行しました。懐かしい、写真です。


 以降、今後の展開にご期待ください。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Clover Island#2

2014-10-02 | 鉄道写真


 気分だけで始まってしまった当連載。第2夜は、21世紀を迎えた平成13年の、ゴールデンウィークの遠征の様子をお届けします。


 最初は、岡山から。岡山駅11番線(現6番線)に停まる、2007ほか、「南風」です(写真)。アンパンマンラッピングの編成です。



 そして、高松へ。N2000系2429他「うずしお」です(写真)。



 2000系で多度津~高松間で運転される「いしづち」です(写真、2107)。これは、8000系5+3連で3連が高松行きとなる「いしづち」が、多客期に8両全部が岡山行き「しおかぜ」になる関係で、宇多津~高松間の輸送を補完するために運転される列車です。運用のない8000系3連などが運用に入ることもあります。



 その相方、2155です(写真)。



 N2000系試作車、2424です(写真)。130キロ走行の試験車、2000系と同スタイルで登場しましたが、後にN2000系同様の外装に改められました。「24」と「58」は注目です。



 色々乗り回しましたが、続いては窪川から。予土線、トロッコ列車に改造された元無蓋車トラ52462を、2エンジン車キハ54 8が牽きます(写真)。乗車は四万十川に沿った一部区間のみ、それ以外はキハ54にて待機です。



 宇和島から松山まで「宇和海」に乗り、松山へ。駅西側は今も松山運転所が広がります。一般形の運用に入る、キハ185 3000番台、3106です(写真)。



 松山駅1番ホーム先には「宇和海」、2151他が停まります(写真)。2150形は2100形の方転車、貫通幌も装備します。その、初号車です。



 松山駅1番ホームで発車を待つ8000系「しおかぜ」、8504他です(写真)。



 その反対側は、試験車8001でした(写真)。登場の頃からは方転していますが、登場当時の塗色です。



 翌日は、予讃線伊予長浜回りの「海辺のトロッコ」へ(写真)。キクハ32 501、オハ50形改造車です。



 それを推すのは、国鉄当時の塗色に戻したキハ185 20です(写真)。JR化後間もなく四国ブルーに改められましたが、オリジナルはこの色だそうです。


 そして帰途に就きました。


 デジカメではない、リバーサルでもない普通のネガでこれだけ出ていればまあまあかなあ、とは思います。先回使用したネガ画像がイマイチであっただけに、救われそうです。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Clover Island#1

2014-10-01 | 鉄道写真


 永く投稿していなかった当ブログ。遂に、新シリーズが始まります。今回は、四国にまつわる鉄道関連ネタを、連載していきたいと思います。


 四国の鉄道の入口は、岡山。岡山では、初代「マリンライナー」213系、クロ212-5が、発車を待ちます(写真)。平成11年の撮影です。


 クロ212は計5両、それぞれ帯色が違い、特色がありましたが、末期にはラッピング車となり変更、全車引退しました。


 また、当時の「マリンライナー」は、213系の6または9連、平坦線であることから、Mc車以外は全部T車という経済編成でした。211系を1M方式とした213系も、岡山と名古屋だけで、少数増備で終わりました。



 当時は、N2000系「うずしお」が、単独で岡山に乗り入れていました(現在は岡山~宇多津間「南風」に併結)。2427ほか、折り返し徳島行きになります。



 そして、2003ほか「南風」です(写真)。JR四国2000系は、世界初の振り子気動車として、永く記録される名車です。



 そして高知へ。当時はまだ地平駅で、北側は高知運転所になっていました(現在は移転)。「ムーンライト高知」用オロ12 10が見えています(写真)。



 その隣には、2122ほかが見えています(写真)。土讃線の、当時も今も主力です。



 そして徳島へ。駅東側の徳島運転所奥には、キハ185系「あい」編成が見えています(写真)。



 特急「うずしお」は、現在もキハ185系と、2000系双方の列車があります。キハ185系「うずしお」のヘッドマーク(写真)。2000系が赤系なのに対し、緑系です。



 そして四国のみに運用される6000系、2編成6両の小所帯です。(写真、6102始め3連)。



 当時はMT46使用の111系もありました(写真、クハ111 3002始め4連)大目玉が注目です。


 最終的には、JR四国はJR東日本から113系を購入、改造し3編成12両を投入、111系は引退しました。その記録が残っていたのは幸いです。


 以降四国各地を見ていきたいと思います。今後の展開にご期待ください。


 それでは、次回をお楽しみに。

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