花にまつわる幾つもの話

子供時代の花にまつわる思い出や、他さまざまな興味のあることについて書いていきたいと思ってます。

第二十一章  トトロの木

2010年05月17日 | 花エッセイ
 裏手の急勾配の坂を下りきった所に大きなアパートが建っていた。

古びた建物で鉄柵の階段は赤く錆びつき、壁はところどころ剥げ落ちている。

住民も老人が多く、大層寂れた印象なのだが、

そのアパートの一階部分は地面が露出していて、けやき並木になっていた。

 江戸時代、この辺一帯は旗本屋敷だった。

そのせいか、けやきの巨木が多く自生していた。

 十メートルにも及ぶ幹が競うように林立し、初夏になると新緑の若葉が一斉に芽吹く。

枝を飛びまわる鳥の声が周辺をにぎわしてくれる。

 そのアパートの前はやや幅の広い道路になっており、

その向かいに一戸建ての家がずらりと軒を構えていた。

 その家の一つ、坂に沿って石段を登った丘のような一角に、木造コテージの一軒家があった。

 トトロの木と呼ばれる巨大な楠木は、その木造家屋の前にそびえ立っていたのである。

 このトトロの木、実際にそう呼んでいたのは、恐らく私達一家だけだったのかもしれない。

 けれどその楠木はその名にふさわしく、雄々しく枝を広げ、

向かいのアパートにあるけやき並木さえも陵駕して、

まさにこの辺一体の主のような風格を宿していた。

太い幹には幾重にも蔦がからまり、年輪を感じさせる分厚い幹には深い皺を刻み込んでいる。

 はるか上空を覆う緑の天蓋。

木々の隙間からは初夏の明るい陽射しが柔らかな木漏れ日となって降り注ぐ。

 その下を通りかかる時は必ず大きく深呼吸をする。

そうすることによってさわやかな森林の香りが肺一杯に広がっていくのである。

 実はこのけやき並木で、一羽の鳥を拾った。

捕まえたのではなくあくまでも拾ったのである。

 頭部から首の部分にかけて黄色いグラデーションがかり、

頬にまあるくオレンジ色の羽毛を持った、それは美しい白い小鳥であった。

 この鳥が頭上の枝で心細げに鳴いているのを私が耳にしたのだ。

ちょうど雨上がりだったので、持っていた傘で枝を引き寄せると、

鳥は難なく私の手の中におさまった。

そこへ偶然、散歩で通りかかった人にこの鳥がオカメインコという種類の鳥だと教えてもらった。

 もちろん野鳥ではない。どこかで繁殖したものが籠から逃げ出し、帰る道を見失ったのだろう。

まだ幼いその鳥はそれでも立派な冠羽を持っていて、

可愛らしい外見に似合わず大きな声でさえずった。

 鳥籠を購入しに行った店のおばさんに、鳥が舞い込むのは幸運の印と半ばおだてられ、

気を良くした私は早速飼い始めたのだが、その思いがけずも気性の激しい性格に、

最初の頃は鋭い嘴のせいで生傷が絶えなかった。

 それでも一年が経つ頃にはすっかり慣れ、手乗りにまで成長した。
コメント
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