佐藤優氏を知るために、初期の著作を読んでみました。
まずは、この本です。
佐藤優『国家の罠 ―外務省のラスプーチンと呼ばれて』
ロシア外交、北方領土をめぐるスキャンダルとして政官界を震撼させた「鈴木宗男事件」。その“断罪”の背後では、国家の大規模な路線転換が絶対矛盾を抱えながら進んでいた―。外務省きっての情報のプロとして対ロ交渉の最前線を支えていた著者が、逮捕後の検察との息詰まる応酬を再現して「国策捜査」の真相を明かす。執筆活動を続けることの新たな決意を記す文庫版あとがきを加え刊行。
国家の罠 ―外務省のラスプーチンと呼ばれて
□序 章 「わが家」にて
■第1章 逮捕前夜
□打診
□検察の描く「疑惑」の構図
□「盟友関係」
■張り込み記者との酒盛り
□逮捕の日
□黒い「朱肉」
□第2章 田中眞紀子と鈴木宗男の闘い
□第3章 作られた疑惑
□第4章 「国策捜査」開始
□第5章 「時代のけじめ」としての「国策捜査」
□第6章 獄中から保釈、そして裁判闘争へ
□あとがき
□文庫版あとがき――国内亡命者として
※文中に登場する人物の肩書きは、特に説明のないかぎり当時のものです。
第1章 逮捕前夜
張り込み記者との酒盛り
午後5時45分、勤務時間が終了し、外に出ると30人以上の記者が待ちかまえていた。マイク、テレビカメラに囲まれ、帰宅する。記者たちも仕事で来ているのだから 仕方がない。日没までに逮捕・家宅捜索の可能性があると思ったが、杞憂に終わった。あたりが暗くなっても、4、5人の記者が玄関前で張り番をしている。上司に言われているのだろうが、若い人たちはたいへんだ。記者の仕事は、私がやっていた情報屋の仕事もそうであるが、取材対象から話を聞けてナンボのものだ。少し点を稼がせてあげたいと思った。
それで、その前の週末から熱心に張り番をしている記者二人に声をかけてアパートから徒歩2分の赤坂一ツ木通りのスターバックスに行った。知らないうちに声をかけなかった記者も何人かついてきていた。
記者たちに向かって私は「取材には一切応じないけど、プライベートにコーヒーを飲むんだったらいいよ」と言った。記者たちがレコーダーで録音し、何人かは小型ビデオカメラで隠し撮りをしているのは織り込み済みだ。現場の記者たちは上司に目に見える成果を報告しなくてはならない事情もあるのだろう。
もっとも、私には私なりの計算があった。この種の事件報道は、検察情報を中心に組み立てられる。この基本構造は、捜査の対象となった人物がいくら説明しても、あがいても変わらない。仮に現場の記者とよい関係を作ったとしても、私にとって都合のよい報道がなされる可能性などほとんどない。しかし、記者たちと険悪な関係になれば、報道が極端に感情的になり、私にとってますます不愉快な事態が生じる。そこで私はいちばんしつこく追いかけてくる記者を大切にすることにした。
不思議なことだが、この記者たちとは親しくなった。私が東京拘置所独房に512日間勾留されている間にもしばしば差入れをしてくれ、また、公判でも傍聴席でよく顔を見かけた。今でも親しく付き合い、当時の思い出話をしたり、なぜ、あのような「国策捜査」が行われたのかについて、話し合うこともある。「国策捜査」については、後の章でたっぷりと論じるので、ここでは細かい説明は省かせてもらう。
話を逮捕の前日に戻すと、コーヒーだけでは物足りないので、記者たちと一緒におでん屋に行って酒盛りをした。しかし、家に帰ってから、さすがにその日は、なかなか寝付けなかったのを覚えている。
【解説】
そこで私はいちばんしつこく追いかけてくる記者を大切にすることにした。
不思議なことだが、この記者たちとは親しくなった。
さすが外交官ですね。人心掌握術に長けていらっしゃる。
獅子風蓮