今日は99%走ることができた。完走まであと一歩である。スタート時がまだ駄目である。500m位はコンスタントに走ることができない。体が温まるまではひざ下に痛みが走る。歩いたり走ったりしているうちに痛みは消えてしまう。1週間前は最後の上り坂の連続部分はほとんど歩いたが、今日はイーブンペースで走ることができた。上り切った時に時計を見たら、4月の目標時速8kmのペース、1時間15分が達成できるかどうかが微妙だったので、さらにペースアップができた。これは進歩である。タイムはズバリ当てましょうなら大当たりの1時間15分00秒。これでしばらくは新・10kmコースの時間のしばりから離れることができる。
自分自身を客観的に見る手段としての「数値」は有効であるが、逆にそれにとらわれてしまい目的化することはいけないと思う。数字の持っている魔力には注意を要する。ジムではトレーニングの前に、簡易血圧計で血圧を測ることになっている。時々、自分の意にそわない値が出ると何度も測り直して納得の値が出るまで粘っている人がいる。それでもダメなときは「器械が故障している」と他の人にも同意を求めてくる。あくまで簡易測定器だから数値がぶれるのは仕方がない。普段より高めの数字が出ても、自分自身の体の具合がいつもと変わりなければ気にしなくてもいいのである。
学校のテストでも言える。テストの点数はあくまでも、自分の学習への取り組みを見直す1つの手段に過ぎない。それを絶対視して目的化してしまうとカンニングとか答案の改ざんという不正行為に走ってしまう。
全国学力テストも今の数字絶対主義の風潮が強まると、半世紀前と同じような不正行為で点数を上げる学校が必ず生まれる。数字のノルマはモチベーションを上げるのに有効な手段ではあるが強い副作用を持つ劇薬であることを忘れてはいけない。
そのさじ加減がむずかしいのである。うまくできない場合は使わない方が良い。
体重管理や走る時も、一定の期間は徹底的に数字を出して記録していくことをするが、ある程度の段階に達したら一度離れて、数字以外の側面から見つめ直すということを心がけてきた。「アッ自分は数字に囚われてきているぞ」と感知するセンサーは常にONにしておきたいものだ。
今、学力テストの結果を学校別に公表するかどうか問題になっているが、公表すると意気盛んな行政の長の発言を聞いていると、『人間の持っている力』への視野狭窄と『学校教育』への誇大妄想を強く感じる。
視野狭窄と誇大妄想という言葉は、明日国賓として来日するオバマ大統領と安倍首相の日米首脳会談に寄せて同志社大教授の浜矩子さんが、19日(土)の朝刊で使っていたのを拝借した。一刀両断こう切り捨てている。
時代逆行的誇大妄想(安倍)と自信喪失的視野狭窄(オバマ)が出会っても、そこから生産的な認識が生まれ出てくるとは思われない。親しい国の首脳同士であるならば、セレモニーもさりながら、少し我に返って、現状を素直におさらいする時間を共有してはどうかと思う。
警備のすごさに驚いている。明日からの3日間、どうなることか。
自分自身を客観的に見る手段としての「数値」は有効であるが、逆にそれにとらわれてしまい目的化することはいけないと思う。数字の持っている魔力には注意を要する。ジムではトレーニングの前に、簡易血圧計で血圧を測ることになっている。時々、自分の意にそわない値が出ると何度も測り直して納得の値が出るまで粘っている人がいる。それでもダメなときは「器械が故障している」と他の人にも同意を求めてくる。あくまで簡易測定器だから数値がぶれるのは仕方がない。普段より高めの数字が出ても、自分自身の体の具合がいつもと変わりなければ気にしなくてもいいのである。
学校のテストでも言える。テストの点数はあくまでも、自分の学習への取り組みを見直す1つの手段に過ぎない。それを絶対視して目的化してしまうとカンニングとか答案の改ざんという不正行為に走ってしまう。
全国学力テストも今の数字絶対主義の風潮が強まると、半世紀前と同じような不正行為で点数を上げる学校が必ず生まれる。数字のノルマはモチベーションを上げるのに有効な手段ではあるが強い副作用を持つ劇薬であることを忘れてはいけない。
そのさじ加減がむずかしいのである。うまくできない場合は使わない方が良い。
体重管理や走る時も、一定の期間は徹底的に数字を出して記録していくことをするが、ある程度の段階に達したら一度離れて、数字以外の側面から見つめ直すということを心がけてきた。「アッ自分は数字に囚われてきているぞ」と感知するセンサーは常にONにしておきたいものだ。
今、学力テストの結果を学校別に公表するかどうか問題になっているが、公表すると意気盛んな行政の長の発言を聞いていると、『人間の持っている力』への視野狭窄と『学校教育』への誇大妄想を強く感じる。
視野狭窄と誇大妄想という言葉は、明日国賓として来日するオバマ大統領と安倍首相の日米首脳会談に寄せて同志社大教授の浜矩子さんが、19日(土)の朝刊で使っていたのを拝借した。一刀両断こう切り捨てている。
時代逆行的誇大妄想(安倍)と自信喪失的視野狭窄(オバマ)が出会っても、そこから生産的な認識が生まれ出てくるとは思われない。親しい国の首脳同士であるならば、セレモニーもさりながら、少し我に返って、現状を素直におさらいする時間を共有してはどうかと思う。
警備のすごさに驚いている。明日からの3日間、どうなることか。