素浪人旅日記

2009年3月31日に35年の教師生活を終え、無職の身となって歩む毎日の中で、心に浮かぶさまざまなことを綴っていきたい。

花散歩⑰ タチアオイ

2021年06月20日 | 日記
 6月15日の「余禄」に関東地方が梅雨入りになったこととからめて「タチアオイ」のことが書かれていた。歴史的にも古く、生活の中でも存在感のあった花だということを知った。


 でも、近所ではあまり見かけない。良く散歩をしている花好きな人に尋ねても「あまり見かけないね」という返事だった。3日ほど前に「ヒマワリのたくさん咲いてる畑知ってる?」と声をかけられた。今は大部分が宅地になってしまったが、残った部分に大きなヒマワリを咲かせていた。「あそこのヒマワリなら昔からお馴染みですが」と言うと「一緒にタチアオイもあるよ」とのこと。

 2,3日はっきりしない天気が続いたせいで行くことができなかったが、やっと天気予報のお姉さんが「今日は洗濯日和です」と太鼓判を押してくれたので自転車のメンテナンスに店に行くついでにちょっと寄り道をした。気付かなかったのが不思議なぐらいヒマワリ以上にタチアオイが存在感を示していた。


 写真を撮って、カインズホームの自転車店に向かった。空気圧とブレーキだけは定期的にチェックをしてもらうことにしている。店に近づいてきた時一軒の家の庭が目に入った。ユリの類とタチアオイが庭いっぱいに咲き誇っていた。こんなこともあるんだと思わぬ光景にしばし見とれる。道行く人は不審者に見えたことだろう。

 
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賞味期限の切れた?過去

2021年06月19日 | 日記
 昨日、大学時代の友人林君からコメントが寄せられた。変わりないみたいで嬉しかった。「賞味期限の切れた?過去が懐かしいです」とあった。彼とは大学時代の4年間いろいろなことを楽しんだ。もう40年余りも前のことである。しかし、私にとっては賞味期限の切れた過去ではない。その頃の思い出は発酵食品みたいに時間の経過とともに味わい深くなっている。

 考えてみればオギャーと誕生してからいろいろなステージで出会いと別れを繰り返して現在に至る。明確な記憶のない3歳まで、磯部町内で4度の引っ越しをした4歳から小2の途中まで、そこから引っ越しをして中学卒業まで住んだ鵜方時代、高校時代は今の磯部の家から通学した。浪人生活と大学に通った名古屋での5年間、就職のため移り住んだ枚方、交野での47年余り、その間村野中、二中、招堤中、三中の4校に勤務した。退職して12年目となる。

 その中で数えきれない人と関わり、たくさんの思い出ができた。それらは地層のように私の体の中に堆積している。化石を探すみたいに時々掘り返してみて懐かしむ。これも長年生きてきた楽しみの一つではないか。林くんとの過ごしたひと時の地層にたどりつくには50層近く掘り下げないといけないが久々に掘ってみた。

 1つ目は、岐阜県の養老公園でのオリエンテーリング大会。オリエンテーリングという競技を日本に広げ始めた頃で、どういういきさつで参加することになったかは記憶にないが、甘い気持ちで参加したことははっきりしている。制限時間ギリギリでヘトヘトでゴールした。写真は出発前の余裕のある時。

 2つ目は、数学科の仲間と行った伊豆旅行。旧天城トンネルの前。2年連続チャレンジして不合格だった千葉大学の園芸学部造園学科の入試問題に川端康成の「伊豆の踊子」の記述を地形図で読み解いていく問題があった。そのことを思い出しながら歩いていた。他の連中は私がそういう経過で教育大の数学科に入ってきたことなどは知る由もない。逆に、彼ら、彼女らの小、中、高時代を私は知らなかった。それが出会いの妙である。

 3つ目は、屋久島宮之浦岳登山である。この動機ははっきりしている。各地方の最高峰に登ろうということになり、調べてみると九州地方の最高峰が屋久島にあると知り、先ず驚いた。隣の種子島は歴史で出てくるので知っていたが屋久島はそれまで目に入ってなかった。50年近く前だから今と違って情報もなく国土地理院の地図だけをたよりの登山だった。想像以上に厳しいものだった。写真は森林鉄道から登り口に入る、一番元気な時。


 ジェーン・スーさんの本や文藝春秋の田辺聖子さんの日記を読んだりしていると人の歩みの味わい深さを感じる。自分の歩みも時々噛みしめてみるのもいいかなと思うようになった。ボケ防止の効果もあるみたいだし。

 思い出の賞味期間は「生きている間」。お互いせいぜい長生きしたいものです。

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飯盛城跡 国史跡へ

2021年06月18日 | 日記
 夕方のニュースで、国の文化審議会が、大東市と四条畷市にまたがる飯盛城跡を新たに国の史跡に指定するよう、文部科学相に答申した。と報じていた。もともとは1530年頃に戦国時代の武将・木沢長政が築き、居城にしたみたいだが、1560年に畿内を支配し「織田信長に先駆けた天下人」評される武将・三好長慶が入城し、政権の中枢として機能したことからその価値は高まった。大河ドラマ『麒麟がくる』では家来の松永久秀とともに重要な役回りをしていた。
 三好長慶という人物を知ったのは数年前のこと。NHK・BS3の「英雄たちの選択」だった。戦国時代の武将で私の頭の中に全く存在していなかっただけに衝撃を受けた。しかも居城がすぐ近くの飯盛山にあったことも輪をかけた。飯盛山は学研都市線の列車からよく見える。ご飯を茶碗山盛り盛ったようなきれいな形をしている。
 緑の文化園へのハイキングコースの途中になるが、このコースだけは歩いていない。このことを機に一度行ってみようと思った。
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花散歩⑯ 小さな花

2021年06月17日 | 日記
 アジサイなどの大きな花は存在感大だが、ふと目立たぬところで咲いている小さな花を見つけると嬉しくなる。
ギボウシは葉に目が行くが、いつのまにか横に長く伸びた花茎から花を付けていた。他の鉢に紛れていたので急いで撮り出し支柱を立ててあげた。
  

その横にはコエビソウ、 朱色の苞が重なったユニークな形がエビのように見えるところから命名されたと思うが、その間から出る白い花はあまり目立たない。


チドリソウも「花の形が千鳥が飛ぶ姿を思わせるから」というのが定説となっている。


 沖縄県を除いて緊急事態宣言が解除されることが決定した。ワクチンの接種体制は柔軟に整えられ加速しているが、接種券の発送が追い付いていない。息子も券さえくれば接種の申し込みができるのにとイライラしている。接種ツアーなるものが企画されアメリカに行ってワクチン接種を受ける人も結構いるとニュースで紹介されていた。仕事上急ぐ人が多いのだろう。接種券の発送何とかならないのだろうか。情報不足のような気がする。

 鬱陶しい日々にふと心を和ませてくれる花たちだ。

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サードプレイス

2021年06月16日 | 日記
 何かわからないモヤモヤ感がある。そのことに「これだったんだ!」と気づかせてくれる文章に出合うと嬉しい。今日の夕刊の2面、しかも一番下の段にある「ナビゲート2021」である。6人の方が交代で執筆し毎週水曜日に掲載される。ほとんどの場合見過ごしてしまう。
 しかし、今日は違った。真っ先に目に飛び込んで来た。批評家の濱崎 洋介さんが執筆した「生活蝕む過剰自粛」である。朝からニュースで、吉村知事が緊急事態宣言を解除しても国に「まん延防止措置」を要求するということを繰り返し報道されていた。しかも府内ほとんどの地域を対象に3週間~1ヶ月という。
 濱崎さんのタイトルにある「過剰自粛」という言葉に引きつけられたのだ。出だしは次の通り。
《明確な根拠も示されないままズルズルと緊急事態宣言が延長されてしまったが―現に東京の6月の病床使用率は3割で、宣言の大義名分である医療崩壊は全く起こっていない―、宣言延長は、少しずつだが、しかし、確実に私たちの社会生活を蝕みつつある。》そして、最も傷ついているものが「サードプレイス」と呼ばれている場所だと指摘する。
 自宅(第1の場所)や、職場、学校(第2の場所)とは区別される第3の場所である。「子育て」、「仕事」、「勉学」という目的から距離をとって、つかの間の会話、議論、歌、踊りなど個人が自由に横につながっていける場所の喪失を危惧している。
 「サードプレイス」の喪失は居場所をなくした人々の孤立感の増大(自殺)、それを埋め合わせるための「集団」への逃避(全体主義へのあこがれ)を生むことは歴史の教えることである。という。その通りだとガッテンした。濱崎さんは次のように締めくくっている。
《私たちは、この根拠なき過剰自粛の「悪」を軽く見積もるべきではない。》
心して過ごしていかねばとあらためて思った次第。
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