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ドナルド・トランプとジュリアス・シーザー

2021-01-10 20:39:03 | シェイクスピア

2017年の5月にニューヨークのセントラルパークで上演されたウィリアム・シェークスピアの「ジュリアス・シーザー」が炎上したことがありました。もともとの設定はローマ時代なのですが、現代という設定で上演され、暗殺されるシーザーが、背が高く、金髪で、スーツに長めの赤いネクタイをしていました。見るからにドナルド・トランプです。

またシーザーの妻は、スラブ系のアクセントがあり、スロベニア出身のメラニア夫人を連想させること、さらに舞台に登場するバスタブが金色ということなど、ドナルド・トランプを風刺していることは明らかです。トランプ嫌いの人が見たら拍手喝采、抱腹絶倒の設定ですが、トランプ支持者からすると侮辱的で許すべからざる事態だったのでしょう。

こちらがその舞台を紹介した動画です。



トランプに似たシーザーが登場することに反感を感じた観客がインタビューされています。

そして間も無く、怒った観客が上演中に舞台に上がって抗議し、警備員に連れ出されるという事件も起こります。そしてそれを見ていた別の過激な観客が抗議の叫びをあげる動画がこちらです。



殺到する苦情を受けて、航空会社や銀行がスポンサーを降りることになりましたが、表現の自由に対する議論も沸き起こりました。

こちらの記事によると、アメリカ各地でシェイクスピアを上演している劇場のいくつかに脅迫メールが大量に届いたそうです。ニューヨークのセントラルパークの「ジュリアス・シーザー」とは全く関係がないのですが、シェイクスピアというだけで抗議の対象になってしまうとは、とんだとばっちりです。

https://www.bbc.com/news/world-us-canada-40332236

私は、大学時代、シェイクスピア劇の劇団に属しており、何度か舞台にも立っておりました。設定を現代にしたり、現代の風刺を織り交ぜることは共感でき、シーザーをドナルド・トランプ風にする演出というのは個人的には非常に面白いと思うのですが、身近な政治ネタだと反感を持つ人も多いのでしょうね。

しかし、ドナルド・トランプとジュリアス・シーザー、イメージがだぶるところも多いですね。ジュリアス・シーザー(紀元前100年7月12日、紀元前44年3月15日)は、共和制ローマ期の政治家、軍人であり、遠征によりローマの版図を拡大し、政治的にも様々な成果を残した人でした。カリスマ性があり、人民からも人気がありました。ちなみに7月がJulyと呼ばれるのは、彼がその後1600年以上使われることになる暦(ユリウス暦)を制定した際に、彼が7月生まれであったことで、名前のJuliusを7月の名前としたのだそうです。

「賽は投げられた」という有名な言葉がありますが、これもジュリアス・シーザーが起源です。「賽」とは、さいころのことで、「もう事は始まってしまった。やるしかない」という意味で使われます。古代ローマ時代、ポンペイウスと対立したシーザーがルビコン川を渡ってローマへ進軍するときに言った言葉です。ルビコン川を武装して渡ることは法律で禁じられていたのですが、これを犯すことは宣戦布告を意味していました。

権力を次々と手中に収め、終身独裁官となるのですが、敵も多く、最後は暗殺されてしまいます。「ブルータス、お前もか」という最後の台詞はあまりにも有名です。

「ジュリアス・シーザー」は、後世にシェイクスピアが作った戯曲ですが、この戯曲の一つのテーマは群衆心理です。私は大学で英文学を学んでいましたが、英文学者で劇団円で演出もされていた故・安西徹雄先生の授業で、「ジュリアス・シーザー」を教わったことがありました。先生は、群衆がいとも簡単に言葉に左右されるということに着目していました。シーザーから、ブルータスに、そしてアントニーに群衆心理は変化していきます。きっかけになるのはリーダーの用いる言葉であり、レトリックです。それが正しいかどうかではなく、仮に虚偽であっても、群衆の気持ちが動かされれば過激な行動にも走るのです。

群衆と書きましたが、英語ではMobという単語になります。「暴徒」とか「破壊的な行動をしかねない無秩序な群衆」という意味で使われます。

2021年1月6日にアメリカの連邦議会議事堂にドナルド・トランプの支持者らが侵入するという事件がありましたが、「議事堂を目指せ」、「選挙は盗まれたものであり、結果を覆されるべきである」という言葉を信じて、群衆が動くというのはまさに「ジュリアス・シーザー」に登場する「群衆」(“Mob”)と同じです。

リーダーであるドナルド・トランプの「議事堂に迎え」という言葉がトリガーとなり、まさに暴徒となった群衆は、歴史に残る行動をしてしまうのです。



大統領選挙に負けて、選挙を覆そうとする訴訟もうまくいかず、1月のジョージア州上院2議席の選挙も接戦で負け、精神的にどんどん追い込まれて行ったトランプ支持者ですが、このへんの心理は、江川紹子さんの記事に的確に書かれています。
選挙不正を言い募るトランプ支持の「カルト性」に警戒を

1月6日の事件を界にして、ドナルド・トランプから次々と腹心だった人たちが離れていきます。SNSも凍結されてしまい、弾劾や裁判に怯える何かシェイクスピアの悲劇のエンディングみたいですね。

選挙結果を否定するはずであった共和党の議員もこの事件で何人かが寝返ります。その一人がサウスカロライナのLindsey Graham氏。トランプに対して最も忠誠心を持っていた議員の一人ですが、6日の暴動の後に開催された議会で、選挙結果を認める側に移ってしまいます。トランプからしたら「Lindseyよ、お前もか!」という感じではないかと思います。その後、空港でトランプ支持者に罵倒されている映像も報道されました。こちらをご覧ください。



これを見るとまさにカルトですね。

6日は議事堂乱入という歴史的事件が発生していましたが、同じ日に東京でも1000人規模のデモが行われていました。



この上の画像は、アメリカではなく、日本のデモです。アメリカの選挙には関係のない日本で、選挙の不正をアピールするデモが行われていたのですが、この人たちは、今、何を思っているのでしょう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/662eaca5260feb6fb47c4894498aa8fdf3debf5d

日本の有名作家や学者までもが選挙の不正や、陰謀説や、トランプの勝利を信じているという不思議な現象があったのですが、彼らは今後どのようになっていくのでしょう。さらに過激なカルトとなっていくのかもしれません。

シェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」は、シーザー暗殺の後の混乱を経て、アントニーが戦乱を制圧し、ローマの安定を示唆するエンディングとなります。まだいろいろとゴタゴタはあるでしょうが、この混乱を克服して、新たな平和な時代が到来することを祈るばかりです。

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ハイブリッド哲学 (ジャパンラブ)
2024-07-26 21:43:24
最近はChatGPTや生成AI等で人工知能の普及がアルゴリズム革命の衝撃といってブームとなっていますよね。ニュートンやアインシュタイン物理学のような理論駆動型を打ち壊して、データ駆動型の世界を切り開いているという。当然ながらこのアルゴリズム人間の思考を模擬するのだがら、当然哲学にも影響を与えるし、中国の文化大革命のようなイデオロギーにも影響を及ぼす。さらにはこの人工知能にはブラックボックス問題という数学的に分解してもなぜそうなったのか分からないという問題が存在している。そんな中、単純な問題であれば分解できるとした「材料物理数学再武装」というものが以前より脚光を浴びてきた。これは非線形関数の造形方法とはどういうことかという問題を大局的にとらえ、たとえば経済学で主張されている国富論の神の見えざる手というものが2つの関数の結合を行う行為で、関数接合論と呼ばれ、それの高次的状態がニューラルネットワークをはじめとするAI研究の最前線につながっているとするものだ。この関数接合論は経営学ではKPI競合モデルとも呼ばれ、様々な分野へその思想が波及してきている。この新たな科学哲学の胎動は「哲学」だけあってあらゆるものの根本を揺さぶり始めている。こういうのは従来の科学技術の一神教的観点でなく日本らしさとも呼べるような多神教的発想と考えられる。
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