玄徳道

道を語るブログです。

神社参拝道2

2021-07-13 04:30:00 | 神社道






大阪市西区にあるサムハラ神社。

祭神は天之御中主大神。

バイクで来ました。ここは、パワースポットとして、神代文字が御神体であるためか、有名であります。

参拝も皆さん並んでおられます。私は並ぶのが面倒なので、横から賽銭を入れ、3秒で参拝を終わらせます。

サムハラ神社には、奥宮が岡山県津野町にあるようです。そこに、おそらく当体が坐し、此処にはその眷族神がおられます。

天之叢雲九鬼サムハラ龍王。

此処の龍神さんは、いつもくたびれておられます。神代文字による、勅命なのか、盟約誓約なのか、人の邪な(お陰信仰、我良し)心に寄り添っておられます。

やれやれだ。この文字を誰が、外に漏らしたのであろうか。

天網恢恢疎にして漏らさず。

この龍神を解放し、思いやるのであれば、その文字の全てを廃棄、滅するか、もしくは、人類が滅びねばならない。



サムハラ神社の裏側です。この隣には警察署があります。
此処に来ると磐笛による癒しをお願いされるので、磐笛と経咒祝詞を誦します。人が多い神社ですので、気を使います。

眷族神曰く、感謝のみの人は一割もおられないとか。











大阪府堺市にある宿院頓宮。

祭神は住吉大神。大鳥井瀬大神。









公園の中にある飯匙掘。

眷族神一柱坐す。

此処には山彦海彦の神話に出て来る、潮干珠が埋まっていると、言われております。

住吉大社の境内社、大海神社の井戸には、潮満珠が埋まってあると呼ばれ、潮干珠、潮満珠を揃って参拝出来て嬉しい限りでございます。

ここで、磐笛と経咒祝詞を奏上。不思議に大祓祝詞を唱えていると、雀が隣で、大祓祝詞が終わるまで、歌ってくださりました。

次にすぐ近くの開口神社へ向かいます。












大阪府堺市開口神社です。祭神は塩土之翁。素戔嗚尊。生国魂命です。
この神社は塩土之翁を祀っている事から、住吉大社奥の院とも言われております。

弘法大師空海や行基とも縁があられるようで、通称は、大寺さん。


金龍井です。ここで、磐笛達を沐浴してもらいます。水業の御水も頂きます。龍神ゆかりの井戸水でございます。

磐笛は本殿を住吉大社の磐笛にて、吹き、天津祝詞を奏上。
金龍井では、三輪山の磐笛を吹き、咒を奏上。






三宝荒神社(竈神社)にて、麁乱神の磐笛を吹き
咒を奏上。


豊竹稲荷神社では、伏見稲荷山、大磐大神の磐笛を吹き、稲荷秘文を奏上。

稲荷とは飯成りの神であります。人間の衣食住を司る神です。御神名は、宇賀之御魂と申します。

国常立尊から豊受大神から宇賀之御魂神へ、その命がございます。

世間一般に言われる、稲荷とは狐霊では御座いません。宇賀之御魂は、神霊の一柱。そこに眷族神である、龍神や、5柱の狐神。眷族の狐霊がその働きを全うしております。これは、神からの無償の慈愛でございます。

しかし、何故、狐霊が乱れる現象が起こるのか。人間は狐霊を稲荷神であると迷信、盲信する所以があります。

狐霊を神の如く崇め、礼賛供物を捧げ、欲望を叶えて貰う人間。人の我良しの悪心は、狐霊をも悪化させ、邪気を生じさせ、悪霊の如く堕ちさせてしまうのです。

一度神使の座から堕ちた狐霊は邪霊となり、なかなか元に戻りません。全て人間の悪業の想念が招いた悪因悪果であります。

霊能者は祓ったり、説得したり、封じ込めたりしますが、全て元の木阿弥であります。

吾が心正しく、清らかなればこそ、孤霊を感化し、元の神使と為す。

金儲けの霊能者が説得するは、不可能でございます。

昔から狐霊を祓い、封じ込める法力もありますが。

百術は一清に如かず。

そして、悪を化すは、至善に止まる、善なる働きに因るのみ。









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神社参拝道1

2021-07-10 11:46:00 | 神社道








大阪市、北区。阪急中津駅の近くの神社、富島神社です。

現場が近くにあり、普通、仕事のついでに、神社にお参りは、しないのですが、何故か寄ってしまいました。

御祭神は、素戔嗚尊。

御神霊が一柱。眷族が二体おられました。

仕事の開始前、休憩中も御神氣が感じられ、とても気持ちが良かったです。

小さな神社に御神霊が何故、坐されておれるのでしょうか。

神霊がおられない、神社の殆どは、神主不在か、もしくは、誠の心でお祈りされる方がおられない。

神は確かに、天地自然を以て運行されておられます。

神社とは、神の子である人に神を解りやすく、神が助け易くされた、斎庭でございます。

至誠は天に通ず。

誠は、神の道なり。これを誠にするが、人の道なりです。




大阪府和泉佐野市に日根神社があり、この神社も今の現場から近く、休みの日に行ってみました。日根野駅から歩いて日根神社へ向かいます。
途中、小学校と中学校があり、祠がありました。



御神霊を感得。御眷族神一柱。












日根野駅から徒歩で2、30分で到着。鳥居が結構あります。




三つ目の鳥居をくぐると境内社があります。








祭神はウガヤフキアエズ尊。

御神霊が一柱、御眷族神が二柱、眷族が六体。
初めてお参りした神社でしたが、気持ち良かったです。ここで、磐笛と経、祝詞、咒を奏上しました。境内に人が少なくて良かったです。



鳥居の前では、地元の氏子の方々が茅の輪を作っておられました。仲良く和気あいあいで。

私は人間的感性が少ないので、茅の輪に意義を見いだせられませんが、神様に、誠を持って尽くされる姿は尊いです。

この後は大阪府堺にある大鳥神社へ向かいます。つづく。







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産土神道

2021-05-24 06:53:00 | 神社道
産土神とは、その土地に鎮まっておららる、元来の神である。

山神であったり、火神であったり、日神であったり、水神であったりする。

その土地の主神を産土神と申し、別名を地主神とも云う。

そして、祖先もしくは、自分の出身地、または、その土地を永住地とする、縁と意識は、産土神と繋がり、そして、その土地の産土神が出生から死ぬまで、面倒を見てくださるのです。

ちなみに私は岩手県出身で、今は大阪に住んでおります。

今回は私の住んでいる土地の産土神社へ。歩いて行ってみました。

まず、徒歩で20分ぐらいにある、姫島神社へ。









姫島神社。御祭神は、阿迦留姫命(アカルヒメノミコト)です。
この神社、やり直し神社と呼ばれているらしい。この地に住んで二十数年になりますが知らんかったです。
ちなみな5、6年前に、この社殿の軒下に潜り地盤沈下した、基礎を修理固成、工事したことがあります。

ちゃんと御神霊が一柱おられ、眷族も四体おられました。

次にここから、鼻川神社へ向かいます。







淀川の側にある、鼻川神社へ到着。御祭神は、素戔嗚尊です。

今度は、司馬遼太郎さんの小説に出てきた、野里神社へ。


野里神社本殿

野里戎神社

乙女塚

野里神社です。御祭神は住吉大神です。

私は活字中毒でして、司馬遼太郎さんの小説は殆ど読みした。たしか、「一夜官女」と題名で出て来る神社です。私が二十数年前に結婚して、近くの神社を審神して回った中で、当時唯一、実在の神霊を感得した神社です。故に毎年、初詣で神宮大麻と住吉神社のお札をいただきます。

やはり、御神霊はいらっしゃって、御神霊一柱。御眷族神一柱。眷族二体。

ここから、十三に向かいます。









阪急電車、十三駅の隣りにある神社、神津神社。御祭神は神津大神です。
御神霊が一柱。御眷族神が一柱。眷族が五体。いらっしゃいます。

ここから、一時間ぐらいかけて、田蓑神社へ。








私の家からは一番近い神社。神崎川の近く、佃にあります。
田蓑神社。御祭神は住吉大神です。

この五つの神社を巡り歩き、四時間かかりました。

産土神社を選ぶこつは、安心感と清涼感でございます。心から安らげる神社は本当に御神霊がいらっしゃいます。

その様な神社が近くにない時はどうすれば良いのでしょうか。神は人の真心、誠によく感合されます。たとえ、何も感じない神社であっても、誠心で祈れば、神に通じるのです。

そもそも神とは、金光教の教祖、金光大神が云われるように、「神様は、天や地が真の神である。」
本来、神に姿は無形無く、それをわかり易くし、顕現しやすくしたのが、神社であります。

太古の時代、人は純粋でこの地球、全てが神で在ると直覚的に悟っていました。

しかし、文明が起こり、物が中心の時代となると、それは、忘れさられてしまい、神社、お宮、祠、教会、寺院の様な形あるモノに、拝み拝する対象物となってしまいました。

それは人間の進歩発展の為に歩まねばならない事でもあります。

今、モノが豊かになった時代。御魂返しの時。

物から、心へ。心から魂への回帰。

産土神への回帰は、その基礎でございます。

ああ、近くに神社があれば、是非とも、手を合わされて下さいませ。











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住吉、大海道。

2021-04-07 20:35:00 | 神社道


私は、東北岩手県、陸前高田の出身である。母の実家でもある。

東北大震災により、かつての故郷は、一度、塗炭となった。私はその地から、産まれた。

私にも、かつて、実父があり、東京に住んでいたらしい。賭け事が好む癖があり、会社の金を持って逃げた。当時、わたしには姉があり、母は私を孕っていた。

我が母は、一種の烈女であり、父を愛しつつ、蒸発した為に、故郷なる岩手県陸前高田市に帰り、出産に控えた。当時、母のストレスから私は逆子となったようだ。親類から、堕ろせと言われながら、私を産んだ。逆子は治まったが、破水し、難産であったが故、わたしは頭を鉗子に挟まれて参道を引っ張られ、生まれた。

頭頂が盛り上がった。

私は、父の優しさを知る。幼き記憶がある。父が大好き。母はいつも癇癪を起こしていた分に余計。

けど、つまらん人間である。賭け事につまづいておる。

私は、その賭け事の因果を払拭すべく、賭け事は、しない。次の世代へ因果を無くすためにも。いや、それ以前に賭け事を憎むなり。賭け事とは、人を幸せにしない、人間の利器である。

私は、正道、正業にて、金銭を頂くのが嬉しい。
当然に、宝くじ等は買わない。

後、蒸発した父を母は探しだす。そして、私が幼稚園の時に再度蒸発する。そして、二十幾数年を越えた時に自殺した父とまみえる。飛び降り自殺なり。父が落ちた衝撃と痛みは、わたしが治める。四魂は、バラバラとなり地獄に堕ちる。朽ちる魂を私は食べる。(昇華す。)

なんのかんのと、私には神との出逢いがある。

仙台市にある、大崎八幡宮。当時、高校生の時、日参した。私は、発達障害者にて、人と交えられない、独自の思想があり、当時は、コスモメイトの深見青山さんに、心酔していました。しかし、ここの神は、私が独自で審神し、感合していた。



その私が、何かの縁にて、大阪に就職した。

私は、就職活動する前に住吉大社にお参りした。

住吉大社との奇縁。その不可思議の気持ちの良さ。

就職活動し、二つの会社にしぼられた。

その時、朝夢を見た。

首の取れた、魚が現れ、その後に、小さな金魚が現れた。

私は、愚かな心にて、後の会社に就職した。百貨店での仕事。

この就職で私は、私の心を安らげてくださる女性と出会った。

今は左官職人ですが。

 

昔、私は住吉大社で、おみくじを引く。八割が、凶となる。

今でこそ、おみくじの吉凶にも、囚われない、迷いない、不動心となっているが、(もはや、ひくことも無い。)当時は、何年も何年も凶ばかりだから、かなり凹みましたよ。

たかが、おみくじ、されどおみくじ、いつも自省しておりました。

それでも当時、住吉大社は、吾が神父であり、大好きでした。
ちなみに当時、吾が神母は、西宮神社であり、神社を守護される眷族神(亀龍)により、優しく慰められておりました。

ある、宗教団体では、住吉大神とは、白龍神であるとされる。

確かに住吉老人は、白龍と顕現されると、わたしは感じる。

今の住吉大社の境内の近くには、海がありませんが、はるか昔は、海辺に面しておりました。海神住吉大神。

そして。海の神として、塩土之翁なる神が存在する。

宮城県の塩竈神社の主宰神である。

この、塩土之翁は、古事記に存在し、山彦、海彦物語に記されており、三六九神示の小長谷修聖氏の導きの神であるとワタシは思う。

さて、塩土之翁とは、南極老人である。

知らん人は知らない。知っている人は知っている神。

南極老人とは、仕組みの神。

そして対極の北極老人とは、至聖先天老祖。エホバ、天之御中主とされる、思想もあるが、どうでもよい。

神とは拝み、拝し奉るだけの存在にあらず。

神とは、吾、私、我、貴方、天地の万物、悪魔すらも、道玄すべき存在。

この地球の大海原も同様なり。

人間とは神に感謝すれば、全て無事、治ると考えておられる人もいるが、神には、「我を拝み拝し奉れ、供物を備えて、かしこまれ、神に逆らうな、我のみを尊べ、感謝せよ、神に生かされる人間にはそれしかない。」なんて、低級霊のような、感化は、断じてない。

神の思考を考えるなよ、人間よ。

自己の心を燃焼し、精一杯生きてこその、神仕組み。

そこは、信仰よりも、己の魂の顕現、を己の神を進言、真言させる。これこそが、神撚り。神が喜び発露する。

神に供物もおべっかも無用なり。



扨て、住吉大社とは、未だに、神気が湧く珍しき土地の神社。

その摂社に、大海神社があり、そこには、潮滿珠があるとされる、井戸がある。






私は、この井戸の海水のような、御神水にて、私の友なる、磐笛達を清め沐浴させる。


この大海神社の御際神は、諸々の由緒があるが、大海原を総べる白濁の白龍であり、日の本の経綸を司る、潮土之翁なる老神なのである。のかも知れない。

潮み滿ちさせる。珠。潮を引かせる珠。

地球に住まう学ある人間ならば、海の滿ち潮引き潮などは、地球の自転と月の引力による相力であると知れよう。

されど、この運動こそ、地球の生命力の当体でもある。


ああ、私が大海神社にて賜った、穴が貫通した磐笛を載せている。

これは、愚かな私に神が憐れんでくださり、神の真現を明かしてくださった証である。

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蛭子道。

2021-01-14 18:57:00 | 神社道
蛭子とは、水子。瑞霊でもある。即ち、水子を救う、地蔵尊へと変化される。

兵庫県に、西宮市に西宮神社がある。廣田神社も近くにあり、廣田の神の領域は、六甲山に及ぶ。

人間は、あまり、知らないが、六甲山の神の眷族は、麁乱荒神であり、大鷲の姿で顕現される。

実に麁乱荒神は、家庭的であり、仏法では、三宝荒神とされる。そして、日の出の神に繋がるが、、故に、仏と神が一つになるのである。

蛭子とは、日留子であり、日の出の神でもある。その配偶神は、瀬織津比売であり、天照素大御神でもある。その眷族である麁乱神は、明けの明星なる、金星の魂である空海により、シャクフクされたのでもある。即ち、空海の御魂とは、日の出の神。

毎年、十日戎があるが、西宮神社は、蛭子信仰であり、エビス信仰では、ない。


蛭子信仰とは、商売繁盛を願う神では、無い。蛭子とは、日の出ル処の天子。これは、子供の未来を示す、人の歩みをに、合わせた、歩道。私自身にも、産まれて来ない、姉がおり、兄が存在する。


扨、蛭子の神縁在るものに、安寧を能える。常に漂える縁者なのだから。


蛭子の神の子なる、、私は、述べる。

苦しき存在よ、西宮神社に来よ。

人間に寄り添い、天に帰らず漂え、人の為に尽くす、恵比寿かな。


私は、鬱気味、弱気存在の時、西宮神社に、お参すれば、大変癒された。

「良く来てくれた。」

西宮神社が、大きな会館を建てる為に、神社の池を干し、工事を進捗したが、多くの眷族や精霊は、麁の地を去り、神威が失われた事実がある。

それでも、十日恵比寿の間は、蛭子は、大青海龍王の青亀の姿で顕現し、多くの人に福徳を与える。

まあ、私の妄想話しであるが。



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