今は八九十(はくと)の四九三の世と申してあるぞよ。
八九十は、白兔ともいえるのじゃ。
世界人類皮(我)をむかれて生まれ替わらねばならぬのじゃ。
その昔、鰐を騙して、その仕返しに皮をむかれて苦るしんでおりた白兎が大国主尊に、水で身を浄め、ガマの穂の上で寝ておれば、治ると教えられ、立直りて素直に神仕えいたすようになりた神話があるが、是は、今の人類の事でもあるぞよ。
嘘偽りの言葉で騙しあい、天地の神の恵みで生かされておる事を忘れ、人間の知恵学だけで、この文明の世を築きた如く思い上がりておるが、、、何も無い穴倉暮らしからこの便利な世となりた事は結構であり、賽の河原の石積の如く、積んでは崩れ、又積み直し、七転八起の結果であるが、思い上がりたまうの今の文明が進めば如何になるか、如何に文明は進みても、核兵器山積みの今の世、ボタン一つ押せば世界は壊滅してしまえぞよ。
それを避ける為に、世界人類、利己主義(われよし)の皮(我)をむかねばならぬのじゃ。
今、中国より発したコロナウイルスによる肺炎で世界中の人民杞憂しておるが、是は、世界人類を自在にせんと、たくらみ、思い上がりておる中国への警告でもあるぞよ。
災いの裏には必ず人間に対する氣づけがあるぞよ。
今、神界では、大難を小難といたす為、浄めの力強き、丹生都比売の活動が現れておるが、世界の国々も人民も、利己主義の心を改めて、和の道へ返らぬと、未だ未だ厳しき警告いたさねばならぬぞよ。
扨ても、天之御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神、可美葦芽彦舅神、天常立神の五柱を別天津神と申し、幽身に坐し、姿は見せぬが、国常立尊を始め八百万の神々や、万物は、この五柱の神によりて鳴り成りたのであるぞ。
故に形ある現の世では、五の数が基となり、五行(木火土金水)五常(仁義礼智信)、五情(喜、怒、哀、楽、欲)又、人体も五体と言い、手足の指も五本となり、数も五の奇数偶数に分かれる如くであるぞよ。
霊より体、無より有と黴(かび)の、生命を芽吹かせるのが葦芽美彦舅神の働きでありて、発酵させる、酵母菌や、又病気の原因となる、ウイルスなどの菌も、葦芽の神の息吹に湧くのであるぞ。
その菌が良きはたらきになるか、悪しきはたらきになるかは、人間の有り様によるのであるぞ。・・・
人類が今日まで、生き延びて来た道を返り見れば、この度の新型肺炎どころではない、流行の病いを耐え、その中で、免疫力も増し、医術の発展も、見たのであり、災い転じて福と為す道を歩みながら、知恵や学を磨いて来たのであるぞ。
これから人類が末永く生き続けてゆく上には、風水火、地震、噴火、雷等の自然の浄災、温暖化等の地球の環境気候の変化、地軸の変化、宇宙との関係変化、様々の、流行病、別ても、核兵器を使う戦争、様々な大節を越え、その災いの中から、様々な事を学び、今より、一段も二段も賢く成長せねば、末永く人類が存続出来ぬ事は、もう明らかな事であるぞよ。
我が我がの嘘偽り言葉で騙し合いの争いを重ねれば、人類の滅亡は、日一日とつ近よるぞよ。
大宇宙大自然と共にある神々の恵の中に生かされ、人はそれぞれ因縁による縁をもって歯車の如くかみあいてこそ、生きてゆける事をしかと覚らねばならぬぞよ。
世界の国々も人民も、我が仕合わせを願えども、一人だけでは生きてゆけぬ事はあたりまえの事であり、我が我がの意地張り事をやめて、国々も人民も、仲良く助け合いてゆけば、それで地上の天国となるのじゃぞ、されど、これまで作って来た、核兵器や原発や、その処理が大変じゃ、金もうけどころでない、核の処理をどうするか、世界の中で考えねば、間に合わぬぞよ。
さあ、この日本の国でオリンピックを開く年、中国の大将が日本へ来るかも知れぬ年、そのような年に、中国から、新型肺炎の発生した事は、中国だけの事で無く、世界の人類が、神理の霊主体従の道から外れ、体主霊従の道に走り、自然との調和が人の和の道をはずれ、金もうけ、経済の発展のみに心うばわれ、汚れ穢れを垂れ流しの状態である事を反省せねばならぬ、警告である事を知らねばならぬぞよ。
人間は、常に恵まれた豊かな暮らしを求めてゆくが、その中で様々と思い上がりて、道を外れ、楽の後に苦の道を招く事になるのであるぞ、楽な豊かな暮らしは誰も求める事であるが、その中で思い上がりの心を慎み、有難い、もったいないと感謝の心を忘れてはならぬのであるぞよ。
金さえあれば何でも自在になると思い、人々の困窮などそっちのけで我身の都合勝手の事をして道を外れてゆく者が多い今の世であるぞ。
現実の世は金もいる、それを感謝の心で活かして使い、我も人も、共に栄ゆる世を聞かねばならぬぞよ。
特にこれからの世は、共存共生の道を忘れては、人類存続を崩れてゆくぞよ。
扨て、火水土の四九三を人体にあてはめると、火は心臓、水は肺、土は胃にあたるぞよ。
肺炎のおこりは、一つに世界人類、水の恵みを忘れ、水を汚しておる事の氣づけでもある事を知らねばならぬぞよ。
尚これからの世は、神界も世の立直し急ぐから、あちこちに神々発動し、因縁の身魂の者に、神示霊示を取り次がせ、人類の改心を迫るぞよ。
されど、我一人が救世主の如く申す者には氣をつけねばならぬぞよ。ン。
令和二年二月九日 天橋道士龍華斎修聖拝写。