時は流れて止まらず、歳月は人を待たずと申すぞよ。
辛くとも悲しくとも、今の一刻、今日一日有難く大事につとめねば、ならぬぞよ。
(注 言霊は神也と申すが、時の流れその間をもって神の仕組みは現れる、時は神也とも申せる。)
扨もロシアとウクライナの戦争が始まって早や一年。
時日のたつのは、早いものであるぞ。
戦い治る兆しは見えず、犠牲は増すばかりじゃ。
ロシアもウクライナも、我が正しいばかりで争い、折り合いはつかず、要の外れた扇の如く、治めようも無い有様であり、頭(かしら)と立つ者、引っ込みがつかず意地を張り合い、犠牲になる者が増えるのが判らぬのか。
国常立大神は、黒海に居る眷属の大龍神にトルコの大地震を起こさせて早く戦争を止めよと警告を発しておれども、地震は自然の働きと神の意を解する者無く、一つも改心いたさぬから、言うても聞かせても見せて判らんなら、もっと厳しい警告(きずけ)を現すぞよ。
この度の日本のロケット(H3一号)の失敗も、今の時は宇宙の開発どころで無い、この地球を如何に守るかと言う事の方が人類にとって大事な事であるぞよ。
世界人類の平和の要と立たねばならぬ、日本の国の頭から国民まで、その事が判らず、宇宙や地球を汚すばかりであるから、この様な失敗も大きな警告(きずけ)であるぞよ。
何度も何度も申してあるが、先の大戦で世界を相手に大戦争を起こし三百万人に余りある犠牲者を出し、アジアやその他の国々の人民を苦しめ、その上に原爆二発投下され、敗戦となり、天皇から国民一人一人に到るまで、もう二度と戦争はせぬと神に誓いたのであり、禍(わざわい)の裏に福(神の愛)あるが、あれだけ大きな犠牲を、祓いた事は、言論の、自由を封じられて来た大なる岩戸開きとなり、アジアの白人による植民地解放の口火ともなりたのであるが、今、再び、世界の流れじゃと申して、軍備増強を急いでおるのは、日本を苦渋の渕へ落とし入れ、その末、亡ぼさむとする、思凝霊の策謀(はかり)である事に、気づかねば、これ以上軍備を増し日本も実質の軍隊を持つようになれば、日本を狙う大国の思うつぼでありて、自在にされてしまうぞよ。
少々攻められても、対抗せぬ覚悟を持って、日本も世界も救われる事となるのであるぞよ。
そして、日本に課せられた、世界平和の要の使命をはたす事が、出来るのであるぞよ。
ウクライナにすれば、小さな領土としてロシアに自在にされる事は堪られぬ事であろうが、ロシアの自在になるまいとすれば、戦かわねば、ならず、欧米諸国も、戦争に巻き込む事となり、辛いところであるが、今のままでは、多勢の者が犠牲になるばかりであるぞよ。
欧米諸国はウクライナに武器を援助いたして、ロシアを押さえつける為、ウクライナに代理戦争をされておるが如きであり、今、ぬきさきならぬ、ところであるが、真におろかな事を為しておる事に、御互いに気づかねば、世界がどうにもならぬ、ギリギリのところまで、まいり、第三次の世界大戦にもなりかねないところまでまいりておるぞよ。
何程、武器の援助を致したとして、それでロシアが手を上げ戦争が止むものでも無く、ロシアもウクライナもその他の国々も、人民の為、平和になる事を望むなれば、国々の頭が、我も欲も意地を捨て、生命がけで、対話の道を開かねば、中国の中途半端の仲介をいたしたとしても、皆、自国の利害を考えての事であり、真の平和を願う心で無いから、成就する事もないぞよ。
今となりては、中途半端の和解では争いは又起こり治る事は無いぞよ。
止まる事なき、自我と欲にとらわれた、世界の大国の頭等であるから、早く、そのおろかさに気ずき、目を醒さねばならぬぞよ。
皆、平和平和と唱えつつ腹の中は、我が身の自我や欲、都合勝手の事を思っての事であるから、起こるのは.利己主義の争いであり.世界平和は段々遠のいてゆくのであるぞよ。
人類のおろかさを目にもの見せて、おるのがロシアとウクライナ戦争であるぞよ。
赤き辰も、赤き鬼も悪役であるなれど、人類が自我と欲に何時までも、走れば、争う者は共倒れとなり、亡びねばならぬ。
強い者勝ちの世は済んでおる事に気づかす役目であるぞ。
さあ、これから、世界はどうなるか、宇宙開発どころで無い、足下の地球の穢れを浄め、人類が安心して暮らせる地球の再生の為に尽くさねばならぬのが、今に生きる人類の使命であるぞ。
国際法を通じぬようになりておる世界、段々に身にしみて、生命を如何に守りゆくかを考えねばならぬ時代となるぞよ。
これから、世界はどうにもならぬ、ギリギリのところまで、まいり、これで終わりかと思えるような事も起こりて来る。
されど、そこが大事なところ。
終わりなり始めなりで、ギリギリところで、新しき世の始まりとなり、真の神力、真の生命が炎ともえ上がり、新しき道を照らす時代が来るのじゃ。
それを日の出のみろくの世と申してあるが、未だ未だ先の事じゃ。
善悪からみての大舞台を進まねばならぬ。
その日その時の来るまで、辛くとも悲しくとも日々大切に今、為すべき身魂の使命を果たしつつ、生きてゆかねばならぬのじゃ。
世界の平和を祈りつつ、神々と共に歩もうぞ。
人間誰にも利己主義の心あれど、一つでも人の倖せを祈り尽くしてゆけば、我が身の因縁の荷も軽くなり、ささやかな、他の倖せを祈る思いやりや、行いが積み重なりて光となり、世の闇(病)を晴らすのじゃ。
艮金神、国常立大神の三千年の念願、日の出の神と龍宮が地のみろくの神と現れて実らせまいるのじゃ。
その世替わりの大浄めがコロナであり、ロシアやウクライナやその、他の国々はの戦いであり、トルコの地震でもある事を思い、荒事は、新事の起こる兆しである事を忘れる事なく、歩みてゆけよと示すぞよ。
大和即大話。
言霊神也 ン。
令和五年三月八日
天橋道士 龍華斎修聖拝写。