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ベルサイユの休日 -パリ- 1994.9.9~9.11
早朝のアンデルセンの故郷オーデンセからコペンハーゲン経由パリ到着は10時40分。同業者のパリ事務所を訪問し情報交換。午後はベルサイユ宮殿の観光、週末は同行のG氏は待望の1泊2日ロアール地方古城めぐり。小生は土曜日ゴルフ、日曜日はミラノに移動という段取り。
ルイ14世が20年の歳月をかけて建設した200haの大宮殿
パリの南西23kmに位置するベルサイユ宮殿。
太陽王と言われたルイ14世がその絶頂期に20年の歳月を費やして完成させた大宮殿であり、200haとも言われる広大な庭園を有している。
礼拝堂や正面玄関はマンサール、天井画や彫刻はルイ・ブラン、庭園はル・ノートルと言った当時の超一流芸術家、建築家達を動員した一大傑作である。
(左)グラン・ザパルトマンを背景に (右)長さ75mの鏡の間
グラン・ザパルトマン(Grands Appartements)と呼ばれる居室群は、戦争の間、平和の間、王妃の居室、戴冠式の間等々、ルイ王朝の粋をこらした華麗な造りである。
中でも鏡の間は、長さ75m、幅10m、高さ12m、17面の鏡がはめ込まれた大空間で、初めて訪れた者を大いに感嘆させる。この部屋は、また第一次世界大戦の終結の調印式も行われている。
ル・ノートルが創り上げた大庭園
宮殿を取り囲む庭園は、ル・ノートルが設計したフランス式庭園の一大傑作と言われているが、彼はベルサイユ以前にイタリアで同様の庭園を設計し、それに目をつけたのがルイ14世である。イタリアの起伏に富んだ地形を巧みに取り込んだ庭園とは立地環境が異なるため、高低差をつけ、遠近法を巧みに取り込み、左右シンメトリーの一大庭園をベルサイユで見事に創り上げた。
宮殿と反対側の庭園の端からはるか宮殿を望む
宮殿とは正反対側の庭園の端に車を走らせ、そこからベルサイユを眺めると大運河の先に広がる林の間にはるか遠く宮殿が見える。2km以上もあるという、その空間の大きさに改めて感嘆せざるを得ない。
大(グラン)トリアノン
宮殿から庭園を見て右手の木立の中に、王妃の住居として建てられた大小二つの離宮がある。グラン・トリアノン(Grand Trianon)は、1687年に完成しバラ色大理石の列柱が見事。ルイ14世の寵姫マントノン夫人の居室等がある。
(左)小(プティ)トリアノンのファサード (右)小トリアノン 王妃の家
小トリアノン 王妃の村里
プテイ・トリアノン(Petit Trianon)はルイ15世が寵姫ポンパドール夫人のために造ったもので、マリー・アントワネットも好んで住んだと言われている。プテイ・トリアノン周辺は、イギリス式庭園で田舎家もあり違った雰囲気を醸し出している。
リドのショー(参考)最近は馬や飛行機が舞台に登場
これだけ、しっかりベルサイユを見学すると大いに疲れる。パリに戻り、夕食後リドのショーを楽しんで今夜で同行のG氏とはお別れである。
翌日は、パリ郊外の「APREMONT GOLF CLUB」でゴルフを楽しむ。9月半ばというのに郊外のゴルフ場はラフを落葉が埋めつくして、フェアウェイを外したボールは捜すのに一苦労。トーナメントをやっているわけでないので、ロストした辺りから適当に打つのがこちら流とか。
(左)「APREMONT GOLF CLUB」のスコアカード(上)とコース写真(下) (右)コース案内
翌日はミラノに飛んで、月曜日はイタリアガス協会のM事務局長に会って、先刻ミラノで開催され次回日本が開催する「世界ガス会議」の会計状況をヒアリングする予定である。
ベルサイユの休日 -パリ- 1994.9.9~9.11
早朝のアンデルセンの故郷オーデンセからコペンハーゲン経由パリ到着は10時40分。同業者のパリ事務所を訪問し情報交換。午後はベルサイユ宮殿の観光、週末は同行のG氏は待望の1泊2日ロアール地方古城めぐり。小生は土曜日ゴルフ、日曜日はミラノに移動という段取り。
ルイ14世が20年の歳月をかけて建設した200haの大宮殿
パリの南西23kmに位置するベルサイユ宮殿。
太陽王と言われたルイ14世がその絶頂期に20年の歳月を費やして完成させた大宮殿であり、200haとも言われる広大な庭園を有している。
礼拝堂や正面玄関はマンサール、天井画や彫刻はルイ・ブラン、庭園はル・ノートルと言った当時の超一流芸術家、建築家達を動員した一大傑作である。
(左)グラン・ザパルトマンを背景に (右)長さ75mの鏡の間
グラン・ザパルトマン(Grands Appartements)と呼ばれる居室群は、戦争の間、平和の間、王妃の居室、戴冠式の間等々、ルイ王朝の粋をこらした華麗な造りである。
中でも鏡の間は、長さ75m、幅10m、高さ12m、17面の鏡がはめ込まれた大空間で、初めて訪れた者を大いに感嘆させる。この部屋は、また第一次世界大戦の終結の調印式も行われている。
ル・ノートルが創り上げた大庭園
宮殿を取り囲む庭園は、ル・ノートルが設計したフランス式庭園の一大傑作と言われているが、彼はベルサイユ以前にイタリアで同様の庭園を設計し、それに目をつけたのがルイ14世である。イタリアの起伏に富んだ地形を巧みに取り込んだ庭園とは立地環境が異なるため、高低差をつけ、遠近法を巧みに取り込み、左右シンメトリーの一大庭園をベルサイユで見事に創り上げた。
宮殿と反対側の庭園の端からはるか宮殿を望む
宮殿とは正反対側の庭園の端に車を走らせ、そこからベルサイユを眺めると大運河の先に広がる林の間にはるか遠く宮殿が見える。2km以上もあるという、その空間の大きさに改めて感嘆せざるを得ない。
大(グラン)トリアノン
宮殿から庭園を見て右手の木立の中に、王妃の住居として建てられた大小二つの離宮がある。グラン・トリアノン(Grand Trianon)は、1687年に完成しバラ色大理石の列柱が見事。ルイ14世の寵姫マントノン夫人の居室等がある。
(左)小(プティ)トリアノンのファサード (右)小トリアノン 王妃の家
小トリアノン 王妃の村里
プテイ・トリアノン(Petit Trianon)はルイ15世が寵姫ポンパドール夫人のために造ったもので、マリー・アントワネットも好んで住んだと言われている。プテイ・トリアノン周辺は、イギリス式庭園で田舎家もあり違った雰囲気を醸し出している。
リドのショー(参考)最近は馬や飛行機が舞台に登場
これだけ、しっかりベルサイユを見学すると大いに疲れる。パリに戻り、夕食後リドのショーを楽しんで今夜で同行のG氏とはお別れである。
翌日は、パリ郊外の「APREMONT GOLF CLUB」でゴルフを楽しむ。9月半ばというのに郊外のゴルフ場はラフを落葉が埋めつくして、フェアウェイを外したボールは捜すのに一苦労。トーナメントをやっているわけでないので、ロストした辺りから適当に打つのがこちら流とか。
(左)「APREMONT GOLF CLUB」のスコアカード(上)とコース写真(下) (右)コース案内
翌日はミラノに飛んで、月曜日はイタリアガス協会のM事務局長に会って、先刻ミラノで開催され次回日本が開催する「世界ガス会議」の会計状況をヒアリングする予定である。