散歩者goo 

タイトルのgooは、同名のHPやブログと区別の為付けてます。HPの「散歩者」はこのブログ筆者の私とは全く無関係です。

昨日記130628金(昨日記の方針変更 カフェと雰囲気)

2013年06月29日 16時02分00秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
天気:曇 28.2/21.9℃69%3.1m東北東
昨日は、終日家に居た。

先日も書いたとおり、この昨日記の記載内容を、当初考えていた日記形式にし、詳細は各カテゴリーのブログにするという形にする。
昨日は、昨日記から派生した事柄のブログが色々出てきて、それを書くのにかなり時間を費やした。
それらのブログは、一度まとめてUPできるが、少しずつ適当に読んでもらうほうがいいだろうと思い、最近使い方を知った予約投稿を使い、時間を分散させて投稿する予定だ。

ブログ書きに時間がかかったり、机に座っていていつの間にか、ついつい居眠っていたり、なんとなくTVを見ていたりして、食事を作るのが遅くなり、それに伴い夕方にお茶を飲みに行く時間も7時ごろになったので、家でコーヒーを入れて飲んだ。

コーヒーの味に関しては、豆さえよければ、普通の喫茶店と同じ程度以上の味は出せる自信はあるが、(40才直前に脱サラ後、アメリカから帰国後民芸雑貨店をする前に、1年ほど喫茶店を経営していた。)場所が違うので、やはり喫茶店やカフェは雰囲気代だと思っていて、雰囲気なり環境を変えることは、お金を払う価値があると思っている。
この雰囲気というのは、家が貧しいとか豊かであるとかも関係ない。
いくら豪華な家でも、ファストフードのワイワイとした雰囲気は出せないし、喫茶店のそれなりの雰囲気は出せない。

コーヒーを飲んで、食事までの間に、本を読もうと思っていたが、予想どおりTVを見ながら新聞を読んで時間を潰し、そのまま夕食の準備に入り、夕食となった。
夜はその反省で、食後TVと新聞を見て時間を過ごすが、早く切り上げて2時間余り本を読み12時過ぎには床に就いた。
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ファストフードでの小さなハプニング130627

2013年06月29日 12時50分00秒 | エッセイ &余談 ・短感・片言雑事
先日、いつも行くファストフードで、いつもと違ったことがおきたが、事件というわけではない。

そのファストフードは、駅構内の真ん中に線路に沿って通路が通り、その両側に店が並んでいて、その一つである。

私が良く利用するファストフードのブースは、駅中を通る通路に面している。
そのブースは、通路に面してカウンター席があり、その後ろにブースの通路を挟んで一人用の約10席ほどのテーブルと長いシートが置いてあり、シートに座るとカウンター席と通路や、通路の向かいのお店が見渡せる。

私は、お気に入りの席近くに行こうとそのブースの席の列を見ると、満員に近い状態だった。
そのブースのシート席には入口から奥まで、中高年や若者の男女がシートに座って本を読んだりスマホを触っていたりしていて、奥のカウンター席にも、学生やOLが数人いた。

そのブースのの入口のカウンターには、たまに見かける小中学生ぐらいの、サッカー練習帰りかと思われる少年達が6―7人たむろしていた。
そのグループの中に小学生か中学生ぐらいの女の子が真ん中で独り座っていた。
そのグループで女の子を見たのは初めてだった。
女の子は一言も発せず、カウンターに寝そべったりして、なんとなく時間を過ごしている感じだった。

いつものことだが、彼らは、行儀が悪く携帯で友達とやり取りしたり、大声を上げたり、数人で固まって外へ走り出て、又戻ってきたりと落ち着きがない。
いわゆるヤンキー予備軍の感じだが、まだ悪という感じはなく、子供の悪ふざけのような感じであった。

以前私は、彼らに「うるさいと」注意したこともあった。
今回も、うるさかったが、他のブースの専門学校生もうるさく、以前から近くの進学校高校や有名校の高校の生徒達のいろんなグループでも、同じぐらいうるさいことが多いので、最近はとりたて注意する気はなくなった。

振り返ると、私の小中学生の頃は、いつも親から大声出すなと注意されたし、高校になっても大声で話していたように思う。
会社に入ってから、大きな声での会話を注意され、社会に合わせるようになったことを思い出す。

私の席は、カウンター席の後ろのシートなので、カウンター席に居る少年達が目の前で大騒ぎしでいるという感じが良く分かる。
同じシートには、大人の客も入れ替わり数人座って飲食し、新聞を読んだりしていたが、だれも文句は言わない。
私同様、これが当たり前と思っているのだろう。

しばらくして、通路に立っていた若い男性がしきりに、フースを覗き込むようにして、カウンター席の少年達の様子を伺っていた。
そのうち、制服の警官が来て、その若い男性と合流し一緒に店内に入ってきて、真っ直ぐ足早にブース内の少年達の後ろに来た。
私の目の前だ。
警官は一人の少年の肩を叩き、そのまま肩を組むようにして静かに少年と話をしていた。
彼らはお互い顔見知りのようであった。
周囲の少年も、怖がる風でもなく彼らの方を見ていた。
若い男性は、落ち着かない様子でその横で、少年達を見ながら立っていた。

少年達は、何も違法行為をしていないので警官はしばらく話をして、若い男と一緒に店を出て、警官は自転車に乗って帰り、若い男は一旦姿を消した。
その後、少年達も店を出ようとした。
その時若い男性が店に戻ってきて少年達の散らかしカウンターのゴミを片付けた。
少年達はそれを見ながら、若い男性の片付け行為に「すみません」といって頭を下げた。

若い男は、学校の先生か、私服警官か青少年指導員か分からなかったが、オタオタした対応からすると、学校の先生かもしれないと思った。

そうした一連の光景を見ながら、少年達は皆孤独で行き場のない状態なのかもしれないと思った。
彼らは、素直で少しはめをはずし、行儀も悪いが、グレてはいないと感じた。
それは、少しふざけて他人に体が当たると、すぐに「すみません」と向こうから謝ってくることからも、伺える。
親や学校の組織的なフォローが必要なのかもしれない。
そのような組織的受け皿づくりが、青少年の転落への道を防止する早道かも知れない。

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