写真で綴る気ままなすぎさん

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上野東照宮 参道から唐門 金色殿(社殿)

2022年01月22日 06時23分36秒 | 東京散歩

上野公園内に 大きな石の鳥居、広々とした参道に約200基の石灯籠、48基の銅灯篭、徳川御三家の灯篭、唐門、社殿、風情と見所が沢山ある上野東照宮へ
大石の鳥居 1633年(寛永10年)酒井忠世奉納 国指定重要文化財です。鳥居には備前の御影石が使用され、関東大震災の時も少しも傾かなかったほど頑丈でした。

上野東照宮の参道 社殿の建築年1651年に諸大名より奉納されたものです。
入ってすぐ、左側には上野東照宮ぼたん苑、右側には五重塔(上野動物園内)があります。

正面が上野東照宮の唐門と社殿

銅灯篭 全48基あり、国指定重要文化財。諸大名から奉納されたものです。

正面に輝いて上野東照宮と唐物

徳川家の家紋が輝いています。

唐門(からもん) 1651年建築。国指定重要文化財。
正式名称は唐破風造り四脚門。 総金箔の門で両側上部にある松竹梅と錦鶏鳥の透彫は精巧で美しく、室町桃山時代の技術を集大成したものです。

唐門 柱の内外四額面には、日光東照宮の「眠り猫」で有名な左甚五郎作の「昇り龍・降り龍」の彫刻があり、毎夜不忍池の水を飲みに行くという伝説があります。 偉大な人ほど頭を垂れるという諺に由来して、頭が下を向いているものが昇り龍と呼ばれている。

唐門の両側には6基の灯篭、内側より紀伊・水戸・尾張の徳川御三家より2基ずつ寄進されたものです。

上野東照宮社殿(金色殿) 徳川家康公の遺言により 1627年、藤堂高虎と天海僧正によって、東叡山寛永寺の屋敷地であった上野に1627年に東照宮を造営された。1646年には正式に東照宮の宮号、1651年に三代将軍・徳川家光公が大規模に造営替えをした。現存する社殿で、金箔をふんだんに使い、大変豪華であった事から「金色殿」とも呼ばれている・・・上野東照宮HPより・・・

拝殿、幣殿(石の間)、本殿の三つの部屋からなる権現造り 金箔がふんだんに使用されている事から金色殿とも・・・ 社殿外壁には豪華な彫刻が施されています。

唐門 社殿側から

上野東照宮内から見た旧寛永寺五重塔、上野恩賜公園内にあり、寛永8年(1631)江戸幕府草創期の重臣土井利勝が、東照宮造営にあたり寄進した塔です。寛永16年(1639)に焼失し、現在は焼失後昭和33年(1958)に寄進されたものです。五層全体が和様式で、九輪までの高さは約36m、重要文化財に指定。

上野東照宮ぼたん苑の入口 入場料 700円

1月22日01時08分ころ、大分・宮崎・熊本・高知 震度5強・・・の地震 広範囲で地震。津波の心配はないそうです。震度5強 大分県 - 大分市, 佐伯市, 竹田市 宮崎県 - 延岡市, 高千穂町 震度5弱 大分県 - 臼杵市, 由布市 宮崎県 - 宮崎都農町, 椎葉村, 宮崎美郷町 高知県 - 宿毛市 熊本県 - 阿蘇市, 産山村, 熊本高森町 ほか



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