今日は新聞休刊日なので、昨日のコラムを一部紹介します。
・ 爆発によるテロが社会を揺るがした国内の事件に、1974年から75年にかけて起きた過激派グループによる連続企業爆破事件がある。最も被害が大きかった三菱重工ビル爆破事件は死者8人、重軽傷者380人に及ぶ惨事だった。76年には北海道庁爆破で多くの死傷者が出た。「爆破」は身近な脅威だった
▲そんな半世紀近く前の悪夢すら、思わず脳裏をよぎる音響だった。衆院補選の遊説で和歌山市内の演説会場に到着した岸田文雄首相に向け、不審物が投げつけられた。24歳の男性が取り押さえられた直後、爆発音が起きた。首相も聴衆も幸い無事だった
▲安倍晋三元首相が奈良市で銃撃され死亡した衝撃から1年たたずして、またも選挙演説が狙われた。大きな音とともに、聴衆らの悲鳴が飛び交う現場の映像は生々しい。選挙運動の場を一変させた暴挙に、怒りがこみあげる
▲安倍氏銃撃を受け、見直されたはずの要人の警護態勢だ。にもかかわらず男性は鉄パイプのようなものを持ち込めた。もし、殺傷能力がもっと高い爆発物だったらと考えると背筋が寒くなる
▲広島での主要国首脳会議(サミット)開催は目前だ。点検で防ぐことができなかったかなど、検証が欠かせまい
▲むろん、犯行動機や背景の解明を徹底せねばならない。大切なのは、こうした事態が続いても選挙運動が萎縮しないことであり、当日の遊説を続けた首相の判断を支持する。民主主義の根幹である選挙を守るためにも、正面から向き合わねばならぬ社会の病理だ。
・ 先週末、法事で京都に出かけた。境内の咲き残った枝垂れ桜に、キツネの嫁入りが降りかかる花冷えの一日。浄土真宗一派の古寺で南無阿弥陀仏を聞く。折しも、親鸞聖人の生誕850年を記念する展覧会が開かれているというので、そのまま国立博物館に足を向けた。
▼聖人自筆と伝わる経典の注釈に目が釘(くぎ)付けになった。紙の上下余白を埋め尽くすように、びっしりと細かい文字で書き込みがされている。学究に打ち込む者のた...
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・ 「紀州雑賀(さいか)」と聞いて、司馬遼太郎の歴史小説『尻啖(くら)え孫市』を思い浮かべる人は多いのではないか
▼孫市は戦国最大の鉄砲集団「雑賀党」の頭領である。その生涯には謎が多いものの、小説では涼やかな好人物として描かれた。射撃戦を挑んだ秀吉でさえ、自在の駆け引きには舌を巻き、孫市を狙った弾丸はことごとく手前でおじぎした。「無用の遠鉄砲は臆病の証拠ぞ」。作家は、孫市に会心の決めぜりふを吐かせている
▼選挙も戦いの一つである以上、相手と切り結ぶ覚悟がときには必要だろう。その手段はしかし、言葉である。どんな事情があるにせよルール無用の腕力に訴えれば、それは「臆病」以下の愚か者にすぎない。和歌山市・雑賀崎漁港の街頭演説会場で、24歳の男が爆発物を投げ込み逮捕された。ゆかりの地で起きた事件に、孫市の仏頂面が目に浮かぶ
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・ 山奥に住んでいたクマが園芸家と出会った。二人は一緒にくらすようになる。フランスの詩人ラ・フォンテーヌの寓話(ぐうわ)にある。この後、悲しい話となるのはよくご存じだろう
▼ある日、園芸家が昼寝をしているとハエがその鼻の頭に止まった。クマは友人のためにハエを何度も追い払うが、すぐ舞い戻ってくる。クマはいら立った。クマは敷石をつかむとハエ目がけて力いっぱい投げつけた。ハエはつぶれた。が、園芸家も同時に死んだ
▼この手の事件が起こるたびに愚かなクマを思い出してしまう。また、政治家を狙った事件である。和歌山市の雑賀崎漁港を訪れていた岸田首相の演説会に爆発物を投げ込んだ男が逮捕された
▼映像のドーンという大きな爆発音に震える。安倍晋三元首相が撃たれて亡くなったのが、昨年の夏。政治家へのテロが日本ではもはや珍しくなくなってしまったのか。首相や聴衆にけががなかったことに胸をなで下ろす
▼動機は分かっていないが、爆発物を投げるとは岸田首相やその政治に対し、よほどの不満や恨みがあったか。とすれば男はやはり寓話の愚かなクマだろう
▼自分の意に沿わぬ政治に対し石を投げつけたつもりかもしれないが、その石はあの園芸家の命を奪ったように民主主義という制度そのものを傷つけている。不満があるのなら投げるべきは石ではなく選挙での「票」しかなかろうに。
※ 毎日、中日共に、爆発事件を取りあげました。
中日は、ラ・フォンテーヌの寓話と絡めて、上手く表現しています。
毎日は、コラムというよりも社説です。ストレートな表現でした。
コラムは、文章のトレーニングでもあり、頭の体操でもあります。
毎日読んで、鍛えていきましょう!