とっつきづらい哲学や心理学の内容を、出来るだけわかりやすく完結に お伝えすることを目的としたチャンネルです。
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カール・ヤスパースは1883年生まれのドイツの実存主義哲学者です。 幼少の頃から哲学に興味を持っていたものの、 父が法曹関連の仕事をしていたため、その影響で法学を学んでいたと言います。 18歳になると一転医学の道に進み、精神病院の医師として働き出します。 その後30歳後半に哲学の世界に入り、ハイデルベルグ大学の哲学教授を 16年に渡って勤めるなど、珍しい経歴の持ち主でもあります。 ヤスパースは「科学では人間を捉えるのに限界がある」と考えました。 人間の本質を捉えるには目に見えないものを含めて考察しないといけませんが、 科学では主に目に見えるものを扱いますので、そこに限界を感じたのです。 そして彼は、キルケゴールの哲学に影響を受けつつ、 人間の実存について一つの仮説を立てます。 私たちは、生きていると様々な困難という壁にぶつかります。 その度に、その壁を乗り越えたり、無視したりすることで なんとか生きているわけです。 しかし、長い人生の中で、どうしても超えられない壁にぶつかることがあります。 ヤスパースはこの壁のことを【限界状況】と呼びました。 乗り越えることができない壁を目の前にした人間は、挫折を経験します。 これは、キルケゴールが主張した絶望とほとんど同じ考えですね。 挫折を経験した人間は、そこで自分の有限性に気づくことになります。 超えられない壁があるということは、 自分が無限的存在ではないことと同義ですからね。 そしてそれと同時に、有限性を超越した存在にも気づくとヤスパースは言います。 この存在のことを彼は【超越者】と表現していますが、 これは普通に神と捉えて問題ありません。 どうしようもない状況に陥ったときに 最後は神頼みするようなイメージで構わないと思います。 つまり、挫折によって自身を有限的な存在だと認識すると同時に その対比として無限者がいることに気づく。 この状態のことを『実存に目覚める』と表現します。 そして、実存に目覚めた人間は孤独になります。 没個性化、平均化した取り替え可能な大衆が構成する世の中において、 実存に目覚め、大衆ではなくなった存在が、 孤独を感じるのは当然のことかもしれません。 ここまではニュアンスこそ違えど、 キルケゴールの哲学と大きな違いはありません。 キルケゴールはこの状態において、 超越者である神と、一対一で向き合うことが必要だと説きましたが、 ヤスパースは【対話】こそ必要だと考えました。 実存を意識したもの同士で、 理性的に交流をすることを【実存的交わり】と呼びます。 しかし、お互いに実存に目覚めた状態の交流とは、 いわゆる大衆の交流とは違い、それぞれが全く違う実存を持っているために ぶつかり合うことも多々あるはずです。 そんなお互いの緊張関係の中で、孤独を感じつつ 他者と愛し合いながら交流を深めることを 【愛の闘争】と呼びます。 そして、愛の闘争を繰り返すことで、 人間は真の自己を獲得することができると主張したのです。 まとめると、 人間は自分ではどうしようもない困難にぶつかり、挫折する。 挫折すると同時に神の存在を実感することができる。 そこで初めて自己の本質に触れることができるのだが、それにより孤独が訪れる。 そして、そのステージにいるもの同士で相手を認め、喧嘩をしつつ 理性的に対話を繰り返すことで、最後には真の自己を獲得することができる。 陳腐な表現ですが、大まかにはこのような思想です。 ヤスパースの【哲学入門】という本において、 哲学は役に立つのか?という内容があります。 科学は哲学を役に立たない学問だと批判する。 しかし、私に言わせれば、その指摘は的を外している。 哲学はそもそも真理を追求する学問なのであって、 言い換えると、常に『その途中』の状態が続いていく。 したがって、哲学は最初からなんの役にも立たない学問である。 ただ、その過程には大きな価値があるのだ。 こんな意味合いのことが書かれているのですが、 これこそ、ヤスパースが対話を重要視した証拠だと個人的に感じます。 答えを見つけることが全てではなくて、 そこに至るまでの対話にこそ価値がある。 つまり哲学も【愛の闘争】の一部ではないか? と考えることもできるのですね。 このようなヤスパースの哲学は、 現代思想に大きな影響を与えたのでした。 また、ヤスパースといえば【枢軸時代】が有名です。 これは、紀元前500年ごろに、世界同時多発的に 神話の思想が、人間存在中心の思想へと変化した出来事を表したものです。 同時期の思想といえば、ギリシア哲学、インドの釈迦・ウパニシャッド、 中国の諸子百家、ユダヤ思想、ゾロアスター教、などが挙げられます。 哲学といえば、西洋のものを指し、それ以外は哲学とは認められない。 という風潮が今以上に強かった当時において 世界的に哲学を捉えたヤスパースのこの考え方は、 現代になって再度注目を集めています。 余談ですが、 このチャンネルを見ていただいて、哲学って面白いかも。と感じた方は ぜひちくま新書の【世界哲学史】にチャレンジしてみて欲しいです。 個人的にはとても大好きな書籍です。 全8巻(刊行中)なんですけど、1巻だけでも読んでみてください。 タレスからソクラテスまでのギリシア哲学をはじめ、 いわゆる枢軸時代の様々な哲学や思想を勉強することができます。 知っている哲学者が多く出てくる本は、それだけで楽しいですから。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー