私は記憶が良い方だと思っていたのだけれど、最近自信が無くなって来た。
人の名前が出てこないし、得意だった引き算や割り算が苦手になった。
お迎えが近いと云うことだろう。
惚けてきている今の事は置いておいて、記憶が抜群に良かった時のことを書こうと思う。
「嘘言え」と思われるかも知れないけれど事実だし、正直自分でも本当かな?と思う。
実は最初、私は小さな虫だった。
どんな形をして何と呼ばれていた虫なのかは自分でも分からないけれど、アッと云う間に少し大きな何かに襲われ食われた。痛みも苦しさもなく一瞬で嚙み砕かれた。
そして次に自分を取り戻した時も、また虫だった。前よりは少し大きく頑丈そうだったが、逃げる間もなく何かの口中に消えた。
そして次に明瞭な記憶があるのが臭いだ。何かモワッと股が温かくなり、次に刺激臭がして気持ち悪くなり大声で泣いた。
すると大きな動物が急いでやってきて、私の股をスッポンポンにし新しく濡れていないものと交換してくれた。つまりオムツを交換してくれたのだ。3回目の生まれ替わりで初めて人間になったと云うことだ。
今のようなパンパースなんて便利なものではなく、古着を再利用したものだ。
次に気持ちが悪くて泣いたのはウンチをしたからだ。刺激臭なんてものではなくて耐えきれないぐらいに臭い。
私の泣き声を聞いた大きな動物がまたやってきて、全く嫌な顔をせず臭いとも云わずに嬉しそうに汚れたお尻を拭いて、また濡れていないものに交換してくれた。
(何と優しく親切なヒトなのか・・・) そう思った。ヒトの優しさを初めて認識した。
このヒトはオッパイ飲みなさいと胸を広げて柔らかくて心地良い乳の先にある部分を私の口に入れてくれた。
それを軽く吸う。つまりオッパイ星人が誕生した瞬間だ。至福の時を一日に何度も提供してくれるヒトの事を「お母さん」と呼ぶようになったのはまだ先だが、自分にとっては特別な存在となった。
私は眠っている時以外はオッパイに吸い付いていたのだが、同じ部屋には時々「お父さん」と云う人が現れてなぜか偉そうにしていた。
お母さんとお父さん、言葉が似ているから何か関係があるのかと思ったが、オムツを替えてくれることもなくオッパイを吸わせてくれたことも無かったが時々少しだけ抱いてくれ、高い高いをして喜ばせてくれた。
歯が生えた頃だと思う。突然オッパイの嚙み心地を試してみたくなり・・・・噛んだ。
悲鳴を上げてお母さんは私をオッパイから離した。
丁度家に来ていたトンケシ(地名)のオバサンとお母さんは何か相談を始めた。
それを見ながら私は嫌な気がした。
そして決まってしまったのが離乳。
以後、泣いても暴れても母は二度と私の口にオッパイを入れてくれることは無かった。
最大の悲しみと後悔を味わった瞬間だった。