タカ長の山ときどきタカ見

「タカ長のタカの渡り観察」の別室です。八十路の坂を登りながら更新してゆくつもりです。

目を離しては

2022-09-27 08:39:49 | 日々雑感
予報通り雨になりました。当然、裏山歩きはキャンセルです。

そのため話題に困ると言えば困るので、またまたボヤクことにします。

    

世の中、腹の立つことばかり。特に気に食わないのは通園バスに子どもを置き忘れ、熱中症で死なせた事故です。

その対策としてセンサーを設置するとか何とか、、、、、、、。

ヒューマンエラーは確かに起こりえますが、それにしてもその発想は理解できません。車内に落としたコインを感知するセンサーを設置するのなら分かりますが、小さいとは言っても人ひとり、それをセンサーで感知しないと子どもの置き忘れが防げないの???

そのようは発想をするから人の能力はますます低下して、当然のことが出来なくなり、類似の事故は後を絶たないことになるのでは?

    

家から子どもが居なくなる事故も相次いでいます。痛ましい事故なのですが、、、、、、、

タカ長たちは「子どもから目を離した時点でアウト」と言う気持ちで子育てしていました。アウトドアーはもちろんですが、家にいる時でも「夜、外に出てはいけない」と言うような指導をしていました。タカ長が親から躾けられたことの踏襲です。

    

遊園地で自分たちが乗りたい乗り物を探すときも一緒。子ども任せにして、親はベンチで休んでいるようなことはしていません。

疲れている時などは、泣きたい思いで子どもたちと遊園地を歩いていました。

    

タカ長たちがそのような子育てをしてきたからでしょうか、裏山でトレイルランナーさんがミナト君と歩いているのを見て、この子はしっかりと躾けられていることが瞬時に分かりました。

それぞれの家庭にはそれぞれの事情がありますから、タカ長など第三者が批判的なことは言えませんが、子どもが成長するまでは、「目を離したらアウト」と言う気持ちは変わりません。

    

子育てのころ、補助輪付き自転車が流行っていました。もちろん、子どもたちは買ってくれるよう泣きついてきました。

それでもタカ長たちの答えはいつも「NO」でした。色々なことが判断できない子が公道でこのようなものを乗りまわすのは適当でないと言う判断です。

もし、事故ったとき、「普通なら死亡事故だが、君は子どもだから軽傷で済ませて上げよう」と神様から言ってもらえないと考えていたからです。

自転車をめぐる親子戦争(?)は何年か続きましたが、頑としてはねつけていました。そこだけ見るとこの戦争は親の勝ちのようですが、、、、、、、

少し成長した子どもは友だちの自転車に乗って現れました。と言うことは、この戦争はどちらの勝ちになるのでしょうか?

この例は「目を離したらアウト」の変型判だと思いますが、どれもこれもタカ長たちには大切な思い出です。

園児にしてもわが子にしても、「目を離した時点でアウト」と意識で子どもに接することがすべての始まりではないでしょうか。






   
コメント
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