南九州の片隅から
Nicha Milzanessのひとりごと日記
 





 今日のNKH大河ドラマ「平清盛」は悲しかった。

 今ドラマ上の設定だが、平清盛(松山ケンイチ)は父・忠盛(中井貴一)の本当の子ではなく白河法皇(伊東四郎)の落胤である。だが、忠盛は清盛を長男として、平氏の後継者として育ててきた。
 しかし、清盛の数々の勝手な振る舞いで、平氏は何度も一族存亡の危機に陥ることになる。忠盛の正妻・宗子(和久井映見)は清盛の出自と行動を好ましく思っておらず、ずっと悩み続けてきた。

 ある日、一門が集まった席。
 忠盛の弟(清盛の叔父)・忠正(豊原功補)や清盛・家盛の弟たち(経盛、教盛)は「平氏の後継者は、清盛ではなく次男で実の子の家盛(大東駿介)にするべきだ」と忠盛に訴える。
 そして、ついに家盛も父・忠盛に「ここで嫡男は私、家盛だと決めてくだされ」と言ってのけたのだ。
 そんなやり取りを清盛は嫌気が差し「オレは下りる。家盛に譲る」と言ってその場を去る。

 ※注:「嫡男」とは跡継ぎの男子であり、「長男」と「嫡男」は必ずしもイコールではない。側室が生んだ年上の子がいても、正室の子が嫡男となることが多い。


 しかし、家盛は自分に平家一門をまとめる資質が本当にあるのか不安になってくる。
 信頼を受けていたと思っていた藤原摂関家の頼長(山本耕史)には「お前には平氏の棟梁の素質はない。ただ、お前は清盛と違って言いなりだし、使いやすいだけ」と言われ、頼長は家盛をそそのかして平氏の持つ武力・財力を意のままにしようとしているだけであることに気づかされる。
 そして、家盛は母に「私は家督を継ぎたかったのではなく、ただ、母上の笑顔を見たかったからだ」と言い残し、鳥羽上皇の警護の任に赴く。

 その任から帰還する際、家盛の脳裏に、兄・清盛と木登りをして一緒に遊んだ幼少時代の思い出が浮かぶ。 
 あの頃は、兄を慕い、兄の後ろを付いて廻り、兄と同じことをやりたがった。でも、もうあの頃には戻れない。そんな思い出を浮かべながら、家盛は落馬して命を落としてしまう…。



 織田信長も弟・信行(信勝とも)を討っているし、伊達政宗も弟・小次郎を討っている。

 三国志時代には、曹操の息子で、兄・曹丕と弟・曹植の話も有名だ。
 曹植は当時を代表する詩の大家でもあり、曹操から寵愛された。曹操の死後、跡を継いだ曹丕だが、曹植のことが気に食わず、難癖をつけて曹植を殺害しようとする。
 捕縛され連行されてきた曹植に曹丕は「お前は自分ではなく他人に作らせた詩を父に披露して、父をたぶらかしていただけだろう。もし本当に才能があるというのならば、これから7歩歩く間に『兄弟』という文字を使わずに兄弟を呼んだ詩を作ってみろ。作れなかったら処刑する」と脅す。
 これに対し曹植は見事な詩を作って応え、曹丕は自分の器の小ささに恥じ入ったという。

原文
 煮豆燃豆萁
 豆在釜中泣
 本是同根生
 相煎何太急

読み
 豆を煮るにその豆ガラを炊く
 豆は釜中にありて泣く
 もとこれ同根より生ずる
 相煮ることなんぞはなはだ急なる

意訳
 私を責めようと兄上はお怒りになっている
 だから私はないているのです
 同じ父母から生まれた兄弟なのに
 何でそのように責め立てるのですか



 兄弟は他人の始まりとは言うけれども…。できれば、仲良くしたいね。

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