田川市石炭・歴史博物館のブログ

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サザエさんと炭鉱

2016年11月14日 | 日記

みなさん、こんにちは!

さてさて、福岡市早良区に『サザエさん通り』というスポットがありマス。



これは、国民的な漫画でありアニメーションでもあるサザエさんの作者『長谷川町子』さんが、福岡市早良区西新に住んでいるときに、すぐ近くにある海岸であった百道浜を散策中にサザエさんのアイディアを思いついたというエピソードから付けられたそうデス。

サザエさんの登場人物が海に関係した名前なのは、百道浜が発案の地だからなんですネー。



さて、サザエさんと炭鉱にどのような関連があるノカ?

長谷川町子さんの著作『サザエさんうちあけばなし』という本にこんな一節があります。

『父は三菱炭鉱の技師からどくりつしてワイヤーロープの仕事をやっていました、ハンサムでかんしゃくもちで貧乏ゆすりのクセがあり、非常な子ぼんのうでした。』

長谷川町子さんは佐賀県の多久市生まれでして、多久市には三菱古賀山炭鉱がありました。
そのことから、長谷川町子さんが13歳のときに早世されたお父上「長谷川勇吉」氏は、おそらく古賀山炭鉱にお勤めだったと思われマス。
その後独立した勇吉氏は佐賀から福岡に居を移し、町子氏が幼少のころから、長谷川家は福岡市に住むようになります。

なお、九州の三菱系炭鉱には古賀山炭鉱のほかにも、長崎の端島炭鉱(軍艦島)、筑豊の飯塚炭鉱、同じく筑豊・田川の方城炭鉱などがありマシタ。

また別の項目には、長谷川町子さんの『祖父が相田炭坑の坑長をしていた』というくだりもあります。

相田炭鉱は現在の福岡県飯塚市にあり、筑豊炭坑王の一人「安川敬一郎」の兄「松本潜【ひそむ】」が開発し、のちに伊藤伝右衛門も経営に参画しています。



このように、サザエさんを生んだ長谷川町子さんには、炭鉱や筑豊に縁があったのですネー。

今週のサザエさんを観られた際は、サザエさんが生まれた地である福岡を、そして炭鉱・筑豊のことにもチョビッと思いを馳せてみてくださいませ♪


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