海と山と

釣りと近場の山歩きを趣味とするリタイヤおじーのひとりごと

種松山のアジサイ(紫陽花)

2008-06-24 16:46:22 | 種松山
6月24日
種松山を歩く。休みの日はほとんど毎日種松山を歩いているが、日本庭園の方まで行くのは久しぶり。1か月前には満開だった藤だなは、緑の葉におおわれ、日陰となって歩きやすい。藤にかわって、アジサイが満開。藤棚道の両側に色とりどりのアジサイがしっとり咲いている。(デジカメを忘れたので携帯カメラで)


昨日までの雨で、周りの空気が澄んでいて、鮮やかさが一層増している。


アジサイは「紫陽花」と書く方が花の姿をよく表わしていて、字を思い浮かべながら花を見るとまた趣がある




梅雨が明けると、種松山歩きも苦しくなる。


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万札をハサミで・・・

2008-06-24 16:13:03 | 気ままに
6月22日
現金書留の封筒に入れて2万円が送られてきた。中身を確認して外に出しておいたら、妻が封筒に戻した。こっちはそんなこと知らず、封筒をゴミと判断。住所などが記載されているのでそのまま捨てるわけにいかず、ハサミで細断するつもりでまず一切り。うっ?何か厚さが違う。トホホホー。万札2枚が真っ二つ。孫からは「手品だ」と言われるがさすがにおまじないくらいでは元に戻らず。

結局次の日に、銀行でつながった万札に交換してもらった。ただし窓口で即交換してくれた訳ではなく、少し待たされた。たぶん偽札、その他の異常の有無を確認したのだろう。
でも、万札と知ってハサミで切れたら気分がいいだろうなとも思う
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想い出に浸りに

2008-06-22 09:50:22 | 気ままに
6月12日に豊橋の三谷温泉で高校のクラス会が開催されることから、それならと言うことで実家のある東京池袋まで帰省した。東京を離れて43年、一時的に単身赴任で東京に戻ったが、あれから3年半。久しぶりに東京を歩き回った。

6月8日に東京に到着。昼前に墓参りに出かける。山手線で御徒町まで行き、徒歩でお寺のある三筋町へ。三筋町周りは鳥越神社の祭りで各町内の神輿が大通りを練り歩き、神田明神祭りを思い出させる、久しぶりの華やかな活気を堪能した


女性の担ぎてが花を添えていた

この日は御徒町の隣の駅、秋葉原で悲惨な無差別通り魔事件があった。御徒町上空にも数台のヘリコプターが飛来しており、この祭りを撮影しているのかと思ったが後でニュースで知ってびっくり。まったく理不尽というか情けない事件であった。
この日は三筋町から徒歩で池袋まで帰る(3時間)

6月9日、単身赴任時に住んでいた、杉並区善福寺へ。往きは西武新宿線で上石神井へ。住んでいた寮の管理人さんはすでに代わっていた。少し寂しい思いを抱きながら、休みの日に良く歩いた善福寺公園へ。雨が降る中、ほとんど人の姿が見られず、静けさの中に身を置くことが出来た。

けやき並木の青梅街道


雨の善福寺公園




3年前にみたと同じ睡蓮の花が雨を待っていたように静かに咲いていた


善福寺公園を出て、青梅街道沿いにあるお気に入りの蕎麦屋「尾崎庵」へ。ところが街道沿いに看板が見当たらない。もしかして・・・と思って歩くと奥まったところにプレハブに家があり、そこに仮店舗を設けて営業中。現在改造中とか。ここのそばは美味い。それにボリュームがあって安い。単身赴任中、良く通った。その頃やんちゃなヨチヨチ歩きの娘さんがいたが今は小学1年生。早いものだ。


帰りは、早稲田通りを歩き、中野で孫のみやげ(ガンダムブロック)を購入し高田馬場で登山用品店「カモシカ」に立ち寄り池袋まで帰る(4時間)

6月11日は家の周りを歩く。家の前の公園からは最近出来た43階建てのマンションがそびえている。その横にはサンシャインビルがその威容を誇示している。
家の前の公園から見えるマンション


高速道路を建てに縫うようにそびえるサンシャインビル


都電は昔と変わらない。


しかしこの都電の線路の両脇は整備されるとか


都電は利用者が多く、廃止せずに周囲を整備して、残そうとする機運は大賛成


6月11日、昔住んでいた日本橋浜町、江東区千石町の都立化学工業跡周りを散策
JRで錦糸町まで行き、そこから歩いて千石町まで。ここには都電の駅がありここで乗り降りしていた頃が懐かしい


都立化工のグランド側正面入り口であったが今は新しい高校の建物が建って、昔の面影はない


都立化学工業高校はなくなり現在は大江戸高校と成っている。発展的に新しい学校になったらしいが、建物も変わり、学校名も変わり、周囲の景色も大幅に変わって、すべてが変わってしまった。寂しいものだ。


千石町から清洲橋通りを歩き、懐かしい清洲橋へ。この橋は昔の優雅さを残している。ほっとしてしばし墨田川沿いのベンチで40年前に座る


昔住んでいた浜町の浜町中学校跡。この学校にも3年間通ったが、今は建物も変わり浜町会館になっている。


さらに想い出の小学校へ。有馬小学校は卒業時は創立50年くらいだったと記憶している。それから考えると、現在は100年以上と言うことになる。建物はまったく変わってしまったが、名前が残っているだけでもうれしい。


さらに足を延ばして水天宮へ。いまはどうか知らないが、昔は5の付く日に縁日があり、特に毎月5日は多くの露店が出てにぎわった記憶がある。


人形町を歩き、明治座まで行ってみる。この建物も、昔は日本風の建物であったがいまはビルになってしまって趣が半減


帰りは徒歩で池袋まで(3.5時間)

今回久しぶりに昔の思い出を求めて歩いが、その期待を満たすことは出来なかった。仕方ないことかもしれないが、一抹の寂しさを溜めてしまった。これも歳かな。また機会があれば同じ道を歩いてみたい。もっと良く見れば、昔に出会えるかもしれない。

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下津井までウォーキング

2008-06-15 11:55:10 | 気ままに
6月1日、久しぶりに下津井まで歩いてみることに。朝5時30分に福田公園を出発
朝日が水面に反射し、日の出の素晴らしい景色の中を出発


鷲羽山スカイライン入口を少し過ぎたあたりの自転車、歩行者専用道を歩く。
ここは元下津井電鉄の軌道跡を散策コースとして残されているもので、気持ち
よく歩くことができる。写真は昔の稗田駅付近で、春の桜の時期には桜のアーチ
の中を歩くことができ別世界になる


約3時間のウォーキングで児島に到着。野崎邸の横を通り(見学は後日にして)
架橋記念館(写真)を見ながら児島~下津井の「風の道」に入る


この「風の道」は地区の人たちの努力で1年中きれいな花が咲いている。地区の人たちに感謝しながら花道を歩く


旧鷲羽山駅からの下津井の眺め。近代的な瀬戸大橋の雄大な姿と昔町並の下津井港
の妙な調和を見ることができる


「風の道」の終点「旧下津井駅」。駅には使用していた下津井電鉄の電車が傷んだ
車庫に格納されている。せっかく終点まで来たが、周囲を塀で囲まれていて、近づ
けないのが残念


途中、何箇所かに地図で表示した案内板があり、名所旧跡を楽しみながら歩くことが
できる。歩行者、自転車だけの道で本当に気分よく歩くことができた
ここまで4時間。帰路は「大室」~「高室」~「通生」~「塩生」を経由して福田
公園まで戻る。合計7時間30分のウォーキング。
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