小川芋銭の『草汁漫画』115頁に「妹許」と題される図がある。
平安貴族らしき人が犬に衣を噛まれて驚いているような戯画風の作品である。図の右上には逆S字形の三筋の文様があり、左上には2羽の鳥が描かれている。図の右下に植物が数筋、そして画題を示す賛が「妹許」と書かれている。
この図については、蕪村の句、「貌見せや夜着をはなるゝ妹が許(もと)」が図の典拠という北畠健氏の説が既にあるが、ここでは、もう一つの見方を提示してみたい。
それは、この図の典拠を『拾遺和歌集』などにある紀貫之の「思ひかね妹許(いもがり)ゆけば冬の夜の川風寒み千鳥鳴くなり」をその典拠と考えるものだ。
そうすると、賛の意味も「いもがり」と読めるし、右上は、この歌の川を示す水流の文様であること、鳥は歌の中の千鳥、人物の衣装が平安貴族風であることも理解できる。
犬は歌には登場しない。が、これは、芋銭がもともとこの貫之の歌を戯画風に「恋の闇」として描いていることから来ている。この図に付けられた短文を見ると、
「恋の闇 己かやみから わんと吠えて 飛び出したハ そんじょ そこらの 愛犬」
これで、この戯画風の図像の意味がすべて理解できるものとなるのではなかろうか。
そして、さらに興味深いことがある。それを次に書いてみる。