フジとチビは、いつも行く河川敷に捨てられていたのを、ゴルフの練習に来ていたおじさんが拾い、飼っていた犬です。
8年くらい前になるでしょうか。その日はとても早い時間に河川敷に出かけました。手前の川を渡り、土手に続く道を登って行くと、前方の朝靄の中にすっくと立つ、見慣れないシルエットがありました。鹿? まさか…。河川敷では見かけたことのない姿形の動物。とても幻想的な風景でした。ゆっくり車を走らせて行くと、その生き物が靄の中から姿を現しました。
それがフジとチビとの初めての出会いでした。すっくと立っていたのがフジだったのか、チビだったのかは分りません。そのときは名前も知りませんでしたし、区別が付くようになったのは、ごく最近のこと。でも、とても印象的だったのです。凛としたたずまいがあまりにも美しかったから。
それからしばらくして、河川敷のいつも停めていた場所に車を乗りつけると、2頭がやってきました。テールゲートを開けてうちの犬たちを降ろすと、なんと2頭がうちの車に乗り込んでしまったのです。人懐っこいようではありますが、体は大きいし、しかも両目の色が異なり、片方は薄い茶色、片方はブルー、それもはっきりと白濁したブルーで、見た目はかなり怖そうな印象です。その大きさと目の色からドーベルマンとシベリアンハスキーのミックスかもしれないと思いました。
「困ったねえ、お前たち。これはお前たちの車じゃないんだけど」。2頭は当たり前のように後部荷台に乗り込んだまま。よく見ると首輪に電話番号が書いてありました。
私は仕方なくその番号に電話をかけました。飼い主さんは年輩の女性で、すぐに車で迎えに来たのですが、その2頭の散歩の仕方が豪快で、当時は早朝5時前だかに車で河川敷に連れてきて2頭を放すと、飼い主さんは一度うちに帰ってしまいます。その間2頭は自由気ままに河川敷を散歩して回るのです。頃合いを見て、2頭はいつも車から降ろされる場所に戻り、飼い主を待っているというのです。2頭の名前も分りました。
初めて美しい姿を見かけたのは、そうして勝手に散歩していた時だったのでしょう。そして、後部荷台に乗り込んできたのは、飼い主を待ちくたびれたのか、早く車に乗り込みたかったのか、すっかり帰る気になっていたようでした。
飼い主の女性のご主人は、私が出会う1年前だかに病気で急死してしまったらしい。そのご主人が河川敷で捨てられていた2頭を拾ったやさしいおじさんです。ワンボックスカーの後部荷台は2頭のためにコンパネで扉付きの囲いが作られ、見事な犬専用車両になっています。
おじさんに代わって急に大型犬2頭の世話をしなくてはいけなくなった彼女の秘策が、「早朝放しっぱなし勝手気まま散歩法」だったのでした。私にはかなり心配な方法でしたが、河川敷から交通量のある道路を渡って、家に帰ってしまうことはないそうで、必ず迎えに来るまで待っているか、迎えに来てもまだ河川敷の遠くのほうにいるので、連れに行かなくてはならないと言っていました。
現在フジとチビは14歳を越え、フジは腰を悪くしています。すぐによろけて転んでしまう。写真もへたっているほうがフジです。今はもうフジの足腰が萎え、心もとないので、以前のような豪快な散歩のさせ方はしていないようですが、なんとこのおばさんは老犬2頭でも大変なのに、もう1頭捨てられた成犬の面倒を見始めたのです。フジとチビは問題なく受け入れてくれたそうですが…。頭が下がります。
トチと歳も近く、ともに同じ河川敷で歳を重ねてきたので、年中会わなくてもフジとチビには思い入れがあります。フジがよろけて転ぶのを見るとそれだけでも哀しいのに、あの美しいシルエットを思い出すと、無性に切なくなるのでした。