悩んだり人生を考えたりできると言うのは恵まれていると言うことだ。
生活に余裕があるから考えることができる。
生きることに必死だったら、そんなこと考える余裕なんてない。
安全であり、余裕がある証拠だ。
それなのに人生を持て余してしまう…
誰もが一人一人ココに必要で意味がある。
それに気づくことが難しいだけ…
みんな自分に大きな意味を持ちたがるけれど
もしかしたら望むような意味では無いかもしれない。
でも、それくらい一人の存在は全体として
大きなしがらみを生み出すと言うことでもあるのだから
意味深いものになっている。
そんな人生の目的を見つけられたら
もっと進む道がはっきりするのに…
もしかしたら、知る必要はないのかもしれない…
どっちがどうなのか、今の私には分からないけれど
どちらであろうと進んでいる事には変わりがない。
わからないからこそ、もがき苦しむことも時にはあって
そして体験から知恵を着けて行く…
もしかしたら、
人間として在ると言うことは
「自分で体験する中で身につける知」
これが全てなのかも…