鐔鑑賞記 by Zenzai

鍔や小柄など刀装小道具の作風・デザインを鑑賞記録

紋様図鍔 鎌倉鍔 Kamakura Tsuba

2015-08-31 | 鍔の歴史
鎌倉鍔


鎌倉鍔

鎌倉鍔と呼ばれる一類がある。この「鎌倉」は地名でも時代でも、流派でもない。お盆のような鎌倉彫に彫口が似ているところからの、近代に至ってから付けられた呼称。何ともなじめないのが本音であろう。この鍔には大きな特徴がある。鋤彫を主体とする図柄という点で判るだろう。即ち耳によって図柄が完成されているのである。耳を残して地面を鋤き下げるのが鎌倉鍔。透かしの縁も耳と同様に地よりわずかに高い構造。この辺りに甲冑師鍔の流れを汲む工ではないかとの見方も出てくる要素があるのだが、何とも言えない。鋤彫の素朴な彫口ながら構成美に溢れており、素敵な作が多い。流行したのであろうか、複数の工がいたものと思われる。
下の木瓜形鍔は透かしがない。鎌倉鍔の鉄味は、尾張や金山に比較して良くないとの評価がある。鋤彫を加える目的から柔らかめの鉄を用いたためであろう、錆色が悪いとか評価する方もあろうが、鎌倉鍔でも尾張金山に負けない鉄味のものがある。他人の評価をうのみにせず、また容易に判断を下さず、良い鎌倉鍔を沢山見るべきであろう。□

綾杉文に左右松皮菱紋図鍔 埋忠 Umetada Tsuba

2015-08-28 | 鍔の歴史
綾杉文に左右松皮菱紋図鍔 埋忠


綾杉文に左右松皮菱紋図鍔 埋忠

 特に耳が意識された作。左右大透の松皮菱は、そのまま櫃穴として利用されたものであろうから、装飾的な文様は耳際の斜線のみ。これが効果的に配されている。大透の縁にも銀で同様の文様が施されているが、黒化した銀であり、金を用いていないところに意図が感じられる。製作された当初は銀も光っていたであろうが、銀は、容易に黒化する。黒くなるのは想定内のこと。金を如何に活かすかと言うところで透しの縁には銀を用いたのであろう。埋忠派は、元来が文様表現を得意とした工。古い正阿弥派の技術に独創を加え、桃山時代の気風に応じた作や、新趣の表現を展開した。□

梅唐草図鍔 庄内正阿弥 Shonai-Shoami Tsuba

2015-08-26 | 鍔の歴史
梅唐草図鍔 庄内正阿弥


梅唐草図鍔 庄内正阿弥

 耳は金覆輪仕上げだが、これに沿って唐草文を廻らしているところに面白味がある。しかも地面には枡形を組み合わせ、多重層に同様の文様を施している。梅の存在がいい。単純に梅花を散しているようにも感じられるが、梅もまた枡形に配置されているのである。素朴さが窺えるも巧みである。

文散図鍔 古金工 Kokinko Tsuba

2015-08-24 | 鍔の歴史
文散図鍔 古金工


文散図鍔 古金工

 何とも不思議な魅力のある鍔だ。赤銅地を古拙な魚子地とされており、その隙間に十字風、あるいは木瓜風に線模様を加え、それらで分断された各所に具象的な素材を文様表現している。この線模様が、耳際において優れた装飾性を示しているのが面白い。線の描写を様々に工夫している。明らかに耳際を意識した装飾である。樹木や葉などの植物をモチーフとしたものであろう、多彩であり、赤銅地一色ながら鮮やかさに感じられる。表裏の構成を違えている点も創造的で面白い。鍔という平面的な金具の、特に端部に目を付け始めた頃の作として面白い存在である。

阿弥陀鑢文図鐔 平田 Hirata Tsuba

2015-08-21 | 鍔の歴史
阿弥陀鑢文図鐔 平田


阿弥陀鑢文図鐔 平田

 ハロウィンのカボチャではない。素銅であろうか、渋い色調の地金に放射状の鑢目を加えただけの地模様からなる平田の鐔。装飾性は、上下に施した松のような透かしと言えようか。仔細に観察すると、耳に覆輪が施されていて、これが文様的な効果を生み出していることに気付く。しかも、地面の放射状の線とも妙なる調和を成している。鐔の造り込みも、天地左右がわずかに窪んでおり、総体に優れた美観に包まれている。さてこの覆輪は、実は完全には固着されていない。わずかに動く構造である。壊れているのではないだろうかと感じるも、この可動式が正しい。この可動式構造である点について、その意味については良く判っていない。でも表情が特異であり、面白い。下の波に壺が簡潔に意匠された鐔の覆輪も全く同じ構造。

紅葉鹿図鐔 古金工 Kokinko Tsuba

2015-08-18 | 鍔の歴史
紅葉鹿図鐔 古金工


紅葉鹿図鐔 古金工

 燃えるような紅葉。その下に雌雄の鹿。画面は金の耳で切り取られて構成されている。絵画の額縁である。器物の耳への覆輪は、平安時代の太刀拵などに施されている例を採ると、鞘の場合には地板を固定させ、刃方を補強するための構造的な意味合いがあり、装飾的な面では後に構成美が加えられるようになった。鐔の耳の覆輪では衣服などと擦れ合うことへの対処が一つ。もう一つは拵に装着した場合の美観の問題。黒一色の鞘と柄に金の耳が組み合わされれば引き立つことは間違いない。先の鳳凰図鐔や家紋図鐔と同じことである。

鳳凰図鍔 吉岡因幡介 Yoshiokainabanosuke Tsuba

2015-08-15 | 鍔の歴史
鳳凰図鍔 吉岡因幡介


鳳凰図鍔 吉岡因幡介

 先に紹介した菊文図鍔と全く同じ意識が背景にある作。赤銅魚子地で黒一色の耳にのみ装飾を施している。耳を覆うように鳳凰を配しているため、正面からでは、かろうじて鳳凰の顔を確認することで主題が判る。このような装飾性は江戸時代のもの。地面の魚子地の美しさが、耳際の金の存在で際立つ。このような表現意図は、先の家紋散し図でも同様として捉えて良いだろう。菊文図鍔と共に無銘ながら吉岡因幡介と極められる。

菊文散し図鐔 YosiokaInabanosuke Tsuba

2015-08-13 | 鍔の歴史
菊文散し図鐔  吉岡因幡介


菊文散し図鐔

 耳にのみ装飾を施した鐔の例。総体は赤銅魚子地の黒一色。ところが、耳にのみ高彫金色絵で菱型に構成された菊と菊の葉を点在させている。真正面からではこの文様の実体が良く判らない。むしろ普通に横から見る。だから耳に装飾を加えた。頗る洒落ている。

雲龍図鐔 加賀後藤 Kaga-Goto Tsuba

2015-08-10 | 鍔の歴史
雲龍図鐔 加賀後藤


雲龍図鐔

 太刀鐔を想わせる木瓜形の構造だが、図柄構成は明らかに打刀の鐔。江戸時代に入って以降の作で、各部が精巧緻密に彫り表わされている。地面には正確な構成で雲龍を描き、耳に櫃を設けて波を文様表現しているのがポイント。赤銅地に金が鮮やかに際立つよう構成されている。大胆で巧みだ。先の兵庫鎖太刀の鐔と比較されたい。

鳳凰図鍔 Tsuba

2015-08-08 | 鍔の歴史
鳳凰図鍔


鳳凰図鍔

 鎌倉時代の兵庫鎖太刀に装着されている鍔の例。地面は無文であり、切羽に鳳凰が高彫されている。また、耳側からの拡大写真はないが、拵全体写真で判るだろうか、宝相華文が緻密に高彫されている。鍔の装飾とは、高い耳と大切羽の存在によって平地部分が陰になり見えにくいことから、耳に装飾が施されたものであった。

唐草文図鍔  Tsuba

2015-08-05 | 鍔の歴史
唐草文図鍔 


唐草文図鍔 

時代の上がる太刀鍔から打刀の鍔へと変化したのがこの構造。この場合は五つ木瓜形で、下のは四つ木瓜形。古くは耳が高く地面に文様が施されていた。この鍔では、地面には文様を加えず、幅の広い耳に唐草を廻らしている。耳は外周部が厚く、内側が低く、即ち表面が斜めに仕立てられている。厚い耳には櫃状に鋤き下げられた中に高彫で文様が彫り加えられており、拵に装着した際の美観を考慮している。主題は地面ではなく端部に求められている。
 下の鍔は、同じ構成になるが、地面に双龍と波を高彫表演した作で、江戸時代の平戸國重が古典的な鐔を手本に南蛮風に表現したもの。耳に個性がある。


平戸國重

家紋散し図太刀鍔 Tsuba

2015-08-04 | 鍔の歴史
家紋散し図太刀鍔


家紋散し図太刀鍔

 糸巻太刀拵に装着されている鍔。古典である平安時代の毛抜太刀やその後の毛抜形太刀、あるいは兵庫鎖太刀に装着されていた鍔を祖形とし、中世末期あたりからであろうか、装飾性が加わり、殊に金と黒の構成美に優れた造り込みとなった。趣味の長い方はもちろんご存知と思われるが、太刀鍔は本体を挟み込むように大切羽が備わっており、さらに小さな切羽をこれに加えて用いている。つまり写真は、本体に大切羽が重ねられ組み込まれている状態である。地面は真黒な赤銅魚子地で家紋を高彫に表わし、四方に猪目を構成して総体を天地左右に広がる葵木瓜形としている。この耳が金色絵で頗る鮮やか。しかも大切羽の耳も金色絵で二重の耳になっている。極めて簡潔な構造だが、二枚が重ねられている点においても立体感が強く示されて複雑に見えてくる。装飾性において良く考えられていると思う。

鉄線唐草図鐔 美濃 Mino Tsuba

2015-08-03 | 鍔の歴史
鉄線唐草図鐔 美濃




鉄線唐草図鐔 美濃

 これも同様の表現手法。耳を高く仕立て、文様もまた肉高く、それらの周囲を深く彫り下げて魚子地を打ち施している。特に耳によって切り出された空間は、まさに外部とは一線を画した装剣具の主体であり、耳の筋によって文様が際立っている。
 下の室町時代の太刀鐔が良い例だ。決して文様部分は肉高くないのだが、太い耳で構成された金具は、その外と内なる空間性を明確にしている。古く、この鐔が掛けられていたであろう太刀拵は、最高級武将の持ち物であり、存在意義が一般の武具とは異なっていたはず。これが掛けられていた拵は、特別な意味を持っていたのである。
 最後の鐔は美濃彫様式を伝える江戸時代の作。耳際を特殊な構造とし、装飾性を高めている。太刀鐔ではないが、太刀鐔が備えている二重構造を想わせるものがある。