鐔鑑賞記 by Zenzai

鍔や小柄など刀装小道具の作風・デザインを鑑賞記録

達磨図鐔 金家

2009-11-30 | 
達磨図鐔 金家


 
達磨図鐔 山城國伏見住金家
 禅宗は達磨大師によって構築されたが、我が国に伝来してより深められ、鎌倉時代以降は殊に武家に理解され、後の我が国の文化の重層を成してきたことは良く知られている。禅宗が思考よりも実践にあるとする考えは、座禅によって知ることができる。江戸時代には多くの金工が武家美術として禅に通ずる作品を遺し、また達磨像が製作されたこともある。このような武家美術における禅味のある道具類とは、製作を通して己の中にある仏を知るという禅の追求の結果であった。
 写真は、その達磨を題に得た金家(かねいえ)の鐔。金家は信家、埋忠明壽と共に桃山三名人と尊称されるうちの一人で、古典的な水墨画を想わせるような図柄を好み、鉄地を薄手に仕立てて高彫象嵌による表現を得意とした。写真のような図柄が典型であるが、特筆すべきは、山水画を描く場合に、自らが居住していた京都周辺の風景を採り入れていたと思われる点。即ち、古画の再現をしたのではなく、現実の風景を取材して作品化したと思われるのである。それが、洛西を流れる桂川であったり、そこから眺める堂塔であったり、山路を歩く農夫や飛脚、釣り人、舟漕ぎなどの図であった。この鐔では、主題は達磨に他ならないが、裏面に遠望の山のみを描き、京を包み込む山並み、あるいは達磨が修行した少林寺のある嵩山を想わせる景色としている。表裏ともに画面に大きく余白を残し、思索の意味を暗示している。鍛えた鉄肌を鑑賞していただきたい。鎚の痕跡を鮮明に残し、地は二ミリ前後ながら高彫部分の多くは鉄地の象嵌による驚異の表現。草花を描く毛彫も活きている。

筒井筒図縁頭 加納夏雄

2009-11-20 | その他
筒井筒図縁頭 加納夏雄                 


  
筒井筒図縁頭 辛酉冬日夏雄
 我が国の古典文学の一、『伊勢物語』の『筒井筒』に取材した、夏雄の縁頭を紹介する。

  つついづつ井筒にかけしまろがたけ
   過ぎにけらしな妹見ざるまに
  くらべこし振り分け髪も肩過ぎぬ
   君ならずしてたれかあぐべき

 この歌を素材に能『井筒』を生み出した世阿弥は、主人公を在原業平とその妻である紀有常の娘に定め、両者に交わされた細やかな愛情を、有常の娘の霊が思い浮かべるという筋立てとしている。
 夏雄は幼い頃の記憶の中の一場面を採り、ほのぼのとした空間構成としている。しかし、素材は極上質の赤銅地を微細な石目地に仕上げ、薄肉彫ながら立体的で奥行き感のある図とし、衣服には得意とした金の平象嵌による繊細な文様を加えて華やかに描き出している。夏雄らしい演出である。

氷室使い図小柄 加納夏雄

2009-11-19 | 小柄
氷室使い図小柄 加納夏雄                  


  
氷室使い図小柄 於東都神田川辺作夏雄
 今の季節に合わないが、夏雄の技法を知る上で興味深い作品、初夏の風俗、あるいは風物詩としても知られる氷室の使い図小柄を紹介する。
 今でこそ冷蔵庫で簡単に氷が手に入るのだが、その昔には夏に氷を利用するために、真冬に切り出した氷の塊を洞穴などで保存していた。それが氷室である。氷室の記事は日本書紀にあり、奈良時代にはすでに、真夏に大量の氷を用いていたらしいということが分かる遺物が発見されている。
 桃山時代以降には加賀前田家から信長や秀吉、また江戸時代には徳川家に氷が献上されていたという。
 このような、氷を利用することを古くは神事としており、氷を運ぶ者を氷室の使いと称していた。
 氷室の使いを題に得たこの小柄は、表は赤銅石目地に高彫、金銀の色絵。裏は金地に片切彫赤銅素銅朧銀の平象嵌。裏面は鞘に当って擦れるために平面とせざるを
得ず、多くの小柄は単に鑢が施してあるのみだが、この小柄では、表に用いても良いほどの確かな構成と精巧な彫刻で描き表わし、表裏を連続させている。

京都貴船神社相生杉図鐔 加納夏雄

2009-11-18 | 
京都貴船神社相生杉図鐔 加納夏雄               


 
相生杉図鐔 夏雄(花押)
 加納夏雄(なつお)は京都を活躍の場としていたが故に、京都の風景を題に得た作品を遺している。写真の鐔は、幽谷山水風景とも思われる図だが、表に描かれている木立を仔細に観察すると、二本の木が太く真直ぐに伸びて接するように成長している様子が描かれていることがわかる。この図を見てすぐさまどこの風景であるのか分かるのであれば、京都に精通していることの証し。
 答えは、貴船神社の相生の杉。鉄地に高彫金銀の象嵌で、自然神の存在を暗示する風景を描き出している。これまで主に片切彫平象嵌の手法を紹介してきたが、夏雄の作風には、この種の主題を切り取って再構築するような、構成感覚の鋭い作品が多く、これによって夏雄の匠名が高まったとも言えるであろう。
 作品の詳細は『鐔 Tsuba』をご覧いただきたい。

田舎家春秋図鐔 加納夏雄

2009-11-14 | 
田舎家春秋図鐔 加納夏雄           


 


田舎家春秋図鐔 甲子仲夏於東都造夏雄(花押)
 表裏異なった素材を用い、明暗を強く印象付ける作風を昼夜(ちゅうや)造りと呼んでいる。言葉通りに昼と夜を意味する場合もあるが、春秋のように季節の違いを表現した例もある。この鐔では、その両者を、即ち、まだ梅も蕾の早春の夜の様子を鉄地高彫として三日月のみ金象嵌で表現し、生い茂る秋草を朧銀地に片切彫平象嵌で明るい空間として表わしている。鉄地と朧銀地を表裏鍛着した鐔である。空を大きくとって田舎家の藁葺き屋根の一部をわずかに表わすという大胆な図は、自然や風物を自由に切り取って再構成するという夏雄の得意としたもの。草花の咲き茂る様子も、片切彫と毛彫を組み合わせて太く細くと彫り重ね、色絵は金と銀のみながら様々な色が想像される。夏雄の技術が鮮やかに示された作品である。


浦島太郎図小柄 加納夏雄

2009-11-10 | 小柄
浦島太郎図小柄 加納夏雄                      


 
浦島太郎図小柄 加納夏雄
 この小柄も、繊細な片切彫に華麗な平象嵌を駆使した夏雄の作。むかし語りに題を得たもので、夏雄の題の広さに感服させられる。変化のある線画の魅力を堪能したい。
 『鐔 Tsuba』で詳しく解説しているので参考にされたい。

西王母図小柄 加納夏雄

2009-11-08 | 小柄
西王母図小柄 加納夏雄                     


      
西王母図小柄 加納夏雄
 古代中国の仙人の中でも最高位の女仙、西王母(さいおうぼ)の優しい姿を描いた作品。作者は、幕末から明治にかけて活躍した名工加納夏雄(かのうなつお)。長常に私淑した夏雄は、長常の下絵帳などの資料を収集し、その技術をさらに進化させて華麗な作品を生み、江戸時代の工芸を近代芸術へと導いたのである。
 この小柄は、赤銅の漆黒、鮮やかな金、明るい銀などの色金を活かすため、中間色に当たる褐色味の強い朧銀地を下地とし、表面を磨地に仕上げ、平象嵌の面の上にさらに平象嵌による面と片切彫の線を組み合わせるという複雑な技法を駆使したもの。西王母が清楚に立つ姿は輪郭が強弱変化のある片切彫で捉え、赤銅、素銅、銀の平象嵌で主体を描いている。髪の毛や衣服の皺は平象嵌の上に片切彫で表わし、要所に三角鏨を打ち施し、また、強弱変化のある三角鏨を地叢状に加えて雲の湧き立つ様子に独特の動きを与えている。裏板は片切彫による籠と、わずかに色を違えた二色の金と素銅の平象嵌の組み合わせによる蟠桃(ばんとう)。
 古代中国の仙人西王母が管理する蟠桃を食べると三千年生きるといわれている。歴代の皇帝はこれを求めたように、不老長寿への憧れが強く意識された図であることがわかる。

洛中洛外図鐔・縁頭 細野惣左衛門政守 

2009-11-07 | 
洛中洛外図鐔・縁頭 細野惣左衛門政守                   


 

 
洛中洛外図鐔・縁頭 細野惣左衛門政守
 細野政守(まさもり)が生きた同時代の京都近郊の風景を題に得た作品。京都の町並みが遠くに見え、広がる畑地には苗を植える者、種を蒔く者、運ぶ者などが描かれ、また、左奥には鷺の餌を漁る様子が添えられている。裏面は農家の庭先。採り入れた作物を干しているのであろうか、岡の上から俯瞰しているような構成とされている。縁頭は洛西を流れ降る桂川(かつらがわ)の風景。桂川は上流で伐採した材木を筏に組んで流し降ろす要路の一つ。ところがこの筏流しは、実は都に住む者にとっては風雅の一つと捉えられ、花見と共に楽しみとされていた。この縁頭では、釣をする者を主題とし、その背後を筏が降っている場面としている。いずれも四分一地に毛彫、金銀素銅赤銅の平象嵌で描き出している。

近江八景図鐔・縁頭 細野惣左衛門政守

2009-11-06 | 
近江八景図鐔・縁頭 細野惣左衛門政守                    


 

 
近江八景図鐔・縁頭 細野惣左衛門政守
 洛中洛外図や京近郊の風景図を、屏風絵の如く俯瞰の視線やワイドな画面で描き表わしたのが細野惣左衛門政守(まさもり)である。技法は鴨河原図鐔で紹介したように、専ら毛彫に金銀素銅の平象嵌で、地金は朧銀、鉄、赤銅、素銅などだが、稀に高彫表現を加味した作例もある。
 ここに紹介する近江八景(おうみはっけい)図の二題は、鐔が鉄地に毛彫平象嵌、縁頭が赤銅地の高彫に毛彫を加えた表現。いずれも近江八景の内の幾つかを表現している。人物は描かれていないが、古典的な風景の描写から同時代を眺める意識が生まれ、作品化していることが想像される。

鴨河原図鐔 細野惣左衛門政守

2009-11-04 | 
鴨河原図鐔 細野惣左衛門政守                          


                             




 
鴨河原図鐔 細野惣左衛門政守
 静嘉堂所蔵の『四条河原図屏風』のような、江戸時代前期の京都の河川敷に見られる風景が描かれた鐔。作者は京都金工、細野惣左衛門政守(まさもり)。先に紹介した長義の三条大橋辺りの風景図と重なり合う、江戸時代の風俗を知る上でも貴重な作品。
 表の右上は四条大橋であろう。扇子を手に欄干にもたれながら河原の様子を眺めている人物が描かれている。川辺では田楽らしきものを焼いている店があり、床几に腰をかけた客はそれを眺めているのであろうか、料理が運ばれてくるのを待ちわびているようにも感じられる。
 川中にまで張り出した床几に描かれているのは、横座りの客と酌をする遊女で、床下を流れる水がいかにも涼しげであり、川遊びとも言える風情が漂っている。
 川瀬を渉っているのは天秤棒を担いだ、恐らく立ち食いの物売りで、如何なる食べ物であろうか、立ち食いの歴史を見る思いがする。左上には射的に興じる男と、その矢女が描かれており、灯がともされているところをみると、夕刻の風景か、夕涼みの一景色といったところである。
 裏面もこれに連なる風景。上部には万歳の掛け合いの様子が示されており、立ち止まってこれを見る通りすがりの人物の表情にも笑みが窺いとれる。右下は茶屋であろうか床几に座る男と寝そべる男。両腕を広げて身を動かし何やら説明する姿が、活きいきと描き出されている。
 隣りの床几には、料理を運んで来た女を招く様子が描かれているが、網笠を被る者がおり、また、外には編笠が掛けられている様子もあり、如何なる職の人物であろうか、この点にも興味が広がる。
 地金は朧銀地(おぼろぎんじ)で、毛彫に金銀赤銅素銅の平象嵌(ひらぞうがん)。この手法は後に長常などが完成させてゆくのである。

三条大橋図縁頭 一宮長義

2009-11-04 | その他
三条大橋図縁頭 一宮長義                      


  
三条大橋図縁頭 一宮長義
 一宮長常の門人一宮長義(ながよし)の洛中洛外に題を得た風景図縁頭。元禄頃の京都金工細野惣左衛門政守(まさもり)の作風に似た、毛彫と平象嵌を駆使した作品。縁に描かれているのは肩が触れ合うほどに多くの人が行き交う三条大橋、その下を流れる鴨川に生きる者。頭には京都への入口の一つである粟田口辺りの旅人の様子。東山を馬で越えてきた御大尽らしき人物が、ここでも人の往来の激しい様子と共に描き表わされている。
 線に強弱をつけた片切彫と鮮やかな平象嵌を組み合わせるを得意としたのが長常だが、長義のこの作品にその家伝の技法が覗えないのは、画面の大きさが関連していよう。わずか2センチほどの図幅の中に複数の人物を描き分けるという技術は驚異のもの。題は市井の風景で、長常が求めた現実の世界をスナップ写真のように切り取ることと同じだが、異なるのは、主題に近寄って動きのある瞬間を捉える表現ではなくワイドな視野で捉えているところ。このような現実の街の様子を描いた作品は、風俗史的、あるいは歴史的な視点から興味を抱くものである。
 敦賀市立博物館にて《一宮長常展》が開催されています。古典的作品から、このような市井に題を得た作品まで、広く楽しんでいただきたい。

獅子図鐔 雪山

2009-11-03 | 
獅子図鐔二題・縁頭 雪山            


 

 長常の初期作と言われている雪山銘の作品を紹介する。いずれも獅子図で、得意としたものであろうか地を平滑に仕上げて身体は肉合彫風、顔のみ地面から飛び出すような立体表現としている。獅子の表情は、目玉が突き出すように鋭く、太い牙は左右に開いて強みがあり、大きな手足の爪も牙と同様に広がって突き出すような風合い。鐔二題は同図。一つは真鍮地を腐らかして叢地とし、色合いも変化を持たせて動きのある気を表現している。鉄地の鐔は強い石目地仕上げ。縁頭も長常の個性が滲み出た獅子。赤銅磨地に、この場合には高彫金銀色絵の手法。特に縁頭には片切彫状の鏨の切り込みが強く深く施されて動きがあり、また、背骨の描写にも強い動きが感じられる。
《一宮長常展》には雪山銘の作品も数点展示されている。併せて鑑賞されたい。

 

 

猛虎図小柄 藪常代

2009-11-02 | 小柄
猛虎図小柄 藪常代                             



猛虎図小柄 藪常代
 一宮長常の門人で紀伊国和歌山に住した藪常代(やぶつねよ)の、量感ある高彫表現になる小柄。緊密に詰んだ鉄地を立体的に仕立て、長常の親子虎図目貫や親子鶏図目貫にもみられるように、鏨で切り込むような技法で主題を彫り出しており、総体に迫力が充満している。鉄色優れて光沢あり、鉄の素材も魅力の一つ。
 敦賀市立博物館で開催中の《一宮長常展》では常代の作品は展示されていないので、一例だけだがここで鑑賞されたい。


万歳図小柄 岩本常直

2009-11-01 | 小柄
万歳図小柄 常直                            


 
万歳図小柄 常直
 長常の作風をそのまま継承した、岩本常直(つねなお)の小柄。正月の街を彩る万歳に題を得、正月らしく威勢のよいその掛け合いの様子を片切彫平象嵌の手法で朧銀地に描き表わしている。縦の構図は激しい動きのある人物を描くのに適している。この動きを片切彫の強弱で表わし、かつ又、立体感や奥行きも片切彫で表現する。色金の種類の少なさも驚きだが、片切彫のみで表情を描写する技術は、墨絵のそれを超越すると信じている。
 現在、敦賀市立博物館で《一宮長常展》が開催されている。一門の作品も展示されている。長常の技術と感性の広がりを、弟子の作品でも鑑賞されたい。