鐔鑑賞記 by Zenzai

鍔や小柄など刀装小道具の作風・デザインを鑑賞記録

紅白梅図鐔 幸次 Yukitugu Tsuba

2010-12-31 | 
紅白梅図鐔 幸次


紅白梅図鐔 銘 幸次造

 大胆な構成になる作。古くから梅樹の表現は表皮が朽ちて苔生した古寂な風合いとされたものだが、この作品では草体に描写されている。新味を追求したものであろう、黒い枝に素銅の赤い花が妙なる存在感を呈している。鉄地高彫象嵌。
これが東龍斎派でも代の降る、新時代における金工の創作意欲の現われと言えようか。恐らく幕末から明治最初期。時代は大きく変化しており、金工は未来が見えない状態であったろう。

松に梅図鐔 永壽齋景春 Kageharu Tsuba

2010-12-30 | 
松に梅図鐔 永壽齋景春


松に梅図鐔 銘 永壽齋景春(花押)

 これも雪の洞から眺めたような構成。中央の雪山は木々に積もったものか、梅樹、下草、飛び立ったのはスズメであろうか、枯れ葛のからまる松樹も印象的。鉄地高彫象嵌。永壽齋景春(かげはる)について詳細は不明だが、永壽齋春則に有縁の工か。
 東龍斎派の終焉は、廃刀令によってなされた。装剣金工の多くが廃業をした。置物などの装飾性の高い器物の製作に転向した金工もいる。その中で東龍斎派の工は、時計などの精密工芸の分野に速やかに移行したと言われている。装剣金工としての、あるいは飾り金具としての東龍斎派の作風は、ここで終焉を迎えたわけである。もしも、という言葉は、歴史の上では意味がないはずだが、江戸時代が百年続き、装剣小道具の製作が続いたなら、東龍斎派はどのような作品を遺したであろうか。

二雅図鐔 景則 Kagenori Tsuba

2010-12-29 | 
二雅図鐔 景則


二雅図鐔 銘 景則(花押)

 冷たい空気に耐えて雅な花を咲かせる梅と水仙。この取り合わせを二雅、あるいは二友と呼んでいる。雪の積もった野の様子を、この派に特徴的な二重の耳で表現している。銀の布目象嵌による耳のありようは、雪洞の中からの風景にも感じられる。雪雲を上部に鋤き込み、金の点象嵌にて陽に反射する雪を表現している。花を銀の高彫象嵌でくっきりと表わしており、可憐で美しい。
 浜千鳥図は夏の景色にも思えるが、三日月との採り合わせは冬を想わせる。秋草に鹿の採り合わせ、雪を採り込んだ図などはそのまま、東龍斎派は秋から冬にかけての季節感を大切にしていたと推測される。

浜千鳥図鐔 銘 寛竜齋義親 Yoshichika Tsuba

2010-12-28 | 
浜千鳥図鐔 寛竜齋義親


浜千鳥図鐔 銘 寛竜齋義親(花押)

 浜辺の貝、松樹の三日月、飛翔する千鳥、遠くに帆掛け舟。この派の得意とする題材であり構図の、短刀用の小鐔である。さて、上下の長く構成した松樹のありようも面白いが、千鳥を下に、舟を上にしている点が見どころ。彼方に沈む太陽の反射を、舟の周囲の金真砂象嵌で表わしている。寛竜齋義親(よしちか)について詳細は不明。

月に千鳥図鐔 壽矩 Toshinori Tsuba

2010-12-27 | 
月に千鳥図鐔 壽矩


月に千鳥図鐔 銘 龍青(壽矩)

 何とすっきりとしている図であろうか、それでいて東龍斎派の魅力に溢れている。名工宮下壽矩(としのり)の作。鐔の輪郭をご覧いただきたい。壽明でも示したが、下辺に微妙に変化を与えており、竪丸形でも泥障形でもない、この造形こそ東龍斎派の魅力。抑揚のある彫口になる雲の表現も美しく、波間を飛翔する千鳥の愛らしさが端整に描写されており、千鳥の乱舞のように見えるも、列をなしている様子も魅力的。

苫舟に千鳥図鐔 幸次 Yukitsugu Tsuba

2010-12-26 | 
苫舟に千鳥図鐔 幸次


苫舟に千鳥図鐔 銘 幸次造

 水辺の風景を捉えた作だが、表裏を描き分けている。表は川辺であろう、前景の野には蕨が大きく描き添えられており、空には時鳥。裏は海辺。浜の岩と遠く夕焼け迫る山並み、千鳥の三者が、広大な空間のありようを演出している。蕨の曲線的表現が殊に美しい。高橋幸次(ゆきつぐ)は清壽‐壽次‐良次‐幸次と続いた工で、時代が下がっている。そのためであろうか、師流とは風合いの異なる世界を模索しているところが窺える。

干網千鳥図鐔 壽明 Toshiaki Tsuba

2010-12-25 | 
干網千鳥図鐔 壽明


干網千鳥図鐔 銘 壽明(花押)

 鐔の外観をご覧いただきたい。切り込みの浅い木瓜形を基礎にし、左右をわずかに狭め、輪郭そのものにも抑揚を付けた構造。微妙な抑揚のある地面と全く同じように、輪郭にも意を払っていることが良くわかる。この鐔も二重耳から覗き見るような構成で、耳の向こう側に本来の風景が展開しているはずだが、松樹は耳のこちら側にまで描写されている。おかしいといえばおかしいのだが、この種の表現は東龍斎派には多く、しかも不愉快ではない。東龍斎派の心象表現の魅力はいたるところに窺いとれる。鉄地他高彫象嵌。関根壽明(としあき)の作。

浜松千鳥図鐔 政景 Masakage Tsuba

2010-12-24 | 
浜松千鳥図鐔 政景


浜松千鳥図鐔 銘 政景(花押)

 以前、同じ趣向の高橋一次の鐔を紹介したことがある。一次の場合には松樹と夕日の美しさが浮かび上がる構成であったが、ここでは、松樹にかかった三日月を主題に捉えている。鉄地の表面に微妙な抑揚をつけ、満ちた空気の有りようを表現しているのであろうか、その表情は画面を構成している樹木や月の表情とも連続している。浜辺の貝殻などの精緻な描写も鑑賞の要素。森川政景の作。鉄地高彫象嵌。

千鳥図鐔 壽景 Toshikage Tsuba

2010-12-23 | 
千鳥図鐔 寶真齋壽景


千鳥図鐔 銘 寶真齋壽景(花押)

東龍斎派にはこのような海辺に千鳥図が多い。森川壽景(としかげ)のこの鐔では、鉄の錆地から滲み出る独特の風合いを効果的に用い、海辺の風景、波間に飛び交う千鳥を描き、浜辺には貝などの生き物を添景としている。元来は添景として採られる風景の素材だが浜辺に置かれた錨を大胆に捉え、主題として強い存在感を示している。表の変形の二重耳は東龍斎派の作品に多くみられるもので、様々な場面に効果的に採られているが、この鐔での印象は、水の中から見える風景であろうか、不思議な空間となっている。鉄地高彫金銀象嵌。

鹿図鐔 壽景 Toshikage Tsuba

2010-12-22 | 
鹿図鐔 寶壽堂壽景


鹿図鐔 銘 寶壽堂壽景(花押)

晩秋の深山に牡鹿の独り立つ風景といった趣向だが、裏面の霊芝によって福禄寿のなかの禄と寿を暗示していることが判る。蝙蝠がどこかに隠し描かれているのではなかろうかと探ってみたが、穿った鑑賞であろうか、悪い癖である。洞穴から眺めているような二重耳の構成とし、紅葉した楓を添景とし、裏面には遠く眺める険しい山並みを描き、綺麗な空の下に広がっているであろう秋の景色としている。鉄地高彫金銀朧銀素銅象嵌。森川壽景(としかげ)の作。月に鹿図鐔と比較して鑑賞されたい。

四君子図鍔 壽景 Toshikage Tsuba

2010-12-21 | 
四君子図鍔 壽景


四君子図鍔 銘 寶真齋紫珠製〔壽景金印〕

 清壽の高弟森川壽景(としかげ)。月に鹿図でも紹介したが、優れた構成力に彫刻技術も巧みで、豊かな感性を背景に妙味ある空間を創出している。この鐔は古典的な図柄を採りながらも、新趣の景観を展開している。前回紹介した鐔とは風合いは異なるのは、鉄地と朧銀という素材の違いも大きいが、二重に構成した耳の表現が異なり、これによる見え方の違いが大きい。とは言え、明らかに耳の描写は独創そのもの。竹と梅で意匠し、天地の境目には蕨手の飾り金具を添えている。純粋に作品鑑賞の点からも、朧銀地に実体的な高彫、金銀素銅の色金を巧みに用いて生命感にあふれた画面を創出している。

猿猴図鍔 壽次 Toshitugu Tsuba

2010-12-20 | 
猿猴図鐔 壽次


猿猴図鐔 銘 壽次

 桜の作例集で紹介したことがある鐔。なんて素敵な構成であろうか。猿も桜の美しさを理解していると考え、月に届けとばかりに腕を伸ばしている姿が捉えられている。耳の表現に注意されたい。岩の洞穴から眺めているかのような、耳と画面の二重の構成である。猿のいるところは霊芝の生えるような深山。桜と月に雪の組み合わせは、後に紹介するが、雪月花として良く見られる図で、この鐔では裏面の切羽台に六角形の雪輪が巧みに意匠されている。高橋壽次(としつぐ)は清壽門下では技量と感性の頗る高い工。

月に鹿図鐔 寶真齋壽景 Toshikage Tsuba

2010-12-19 | 
月に鹿図鐔 寶真齋壽景


月に鹿図鐔 銘 寶真齋壽景

 月明かりの下に佇む鹿、遠く蝙蝠が羽ばたいている。この図こそ、福禄寿を表現したもので、主題を描かない福禄寿留守模様図である。先に紹介したとおり、月は天の道を、鹿は禄を、蝙蝠は福を意味し、霊芝を鹿の後ろ足の近くに描き添えて壽を表現している。菊を描き添えて銘酒あるいは薬種伝説も採り入れるなど、画題と画面構成は計算し尽されているようだ。このような隠された図の意味を探ることも面白い。耳の内側に揺れるような二重の縁を設け、ここから覗き見ているような、あるいは主題を包み込んでいる空間性を表現しているかのような、美しい構成が魅力である。壽景(としかげ)は清壽一門中でも特に高い技量の持ち主。

福禄寿図鐔 東山子壽秀 Toshihide Tsuba

2010-12-18 | 
福禄寿図鐔 東山子壽秀


福禄寿図鐔 銘 東山子壽秀(花押)

 これも月明かりを頼りに天空を行く福禄寿の姿を描いた作。雲の表現を比較して鑑賞されたい。月も金の真砂象嵌で鮮やかに描いている。鹿が描かれているのは、蝙蝠を福に擬え、壽を霊芝に擬えるのと同様、鹿をロクと読ませて禄の意味を持たせているのである。子供が瓢箪を担いでそのうしろを歩んでいるのは、福禄寿あるいは寿老人が酒好きであるとの伝承による。鉄地高彫象嵌で、雲の様子や人物などを的確に表現している。壽秀(としひで)の知名度は低いが上手な金工である。


福禄寿図鐔 寶殊齋政景 Masakage Tsuba

2010-12-18 | 
福禄寿図鐔 寶殊齋政景


福禄寿図鐔 銘 寶殊齋政景

 七福神の一として遍く知られる福禄寿を題に得た作。平坦な造り込みは東龍斎派とは異なるも、添景である雲、波立つ様子などの表現は東龍斎派の典型。美しい曲線、異様なまでに騒がしい雲の形状、その動感、透かしに金の真砂象嵌で月の明かりを表現するなど、多彩な手法を組み合わせている。もちろん主題である福禄寿の背後にある透かしは夜の月を表現したもの。福禄寿は、寿老人と対で考えられ、大天の中心北極星、人の寿命を知る神仙の神と考えられており、星空や月空を行く姿を捉えた作が多い。政景(まさかげ)は東龍斎派ではことに上手な一人。