鐔鑑賞記 by Zenzai

鍔や小柄など刀装小道具の作風・デザインを鑑賞記録

桜図鐔 正栄 Masataka Tsuba

2020-03-28 | 鍔の歴史
桜図鐔 正栄


桜図鐔 正栄

 正栄は近江の国友鉄砲鍛冶の流れで、鉄地に砂張象嵌を施して文様風の装飾を特徴とした間派の代表工。砂張とは鉛や錫などの合金で、渋く落ち着いた色合いを呈する金属である。桜であれば銀や金割の銀などを用いたほうが華やかで鮮やかで、見た目にも派手に映るのではないだろうかと思うのだが、この一派は、この渋い景色に特徴を見出し、ほとんどの鐔にこの砂張を用いている。数奇者もこれを好んでいるようだ。描法も平面的で、まさに文様表現。風景の文様化に他ならない。

桜楓に雪輪図鐔 埋忠重義 Shigeyoshi Tsuba

2020-03-27 | 鍔の歴史
桜楓に雪輪図鐔 埋忠重義


桜楓に雪輪図鐔 埋忠重義

 これも重義の優れた意匠が展開されている。桜楓に雪まで加えている。川は描かれていないのかと探したところ、耳がそれっぽいことに気が付いた。今、関東では桜が見ごろだが、日曜日には雪が降るかもしれないそうだ。景色としては桜と雪の採り合わせなんて素敵だが・・・。□

桜楓図鐔 埋忠重義 Shigeyoshi Tsuba

2020-03-25 | 鍔の歴史
桜楓図鐔 埋忠重義


桜楓図鐔 埋忠重義

 桜と楓を一緒に流してしまうなんて、文様表現であるがゆえの面白さだ。この文様を創り出したのは誰なのか判らないが、本作は文様表現を得意とした埋忠派の中でも同銘工が京都、江戸など各地で活躍している重義。同人か別人かはまだ分からないのだが、埋忠一門の基幹を成す優工であったことは確かだ。自然空間を切り取って再構築する感性は、先達明壽以上ではないだろうか。

花筏図鐔 正髄 Seizui Tsuba

2020-03-25 | 鍔の歴史
花筏図鐔 正髄 


花筏図大小鐔 正髄

古くから有名な文様。川を流れ下る桜のはなびらを、京の西を流れる大堰川の筏に擬えて花筏と呼んでいる。筏という呼称から、木材を連ねた筏をも文様の一部に採り入れたのは面白い。でも普通に花筏というと、この組み合わせを指す。先に紹介した宜秀の水の流れに桜の図では、筏下りが風景としても名物であった大堰川(桂川)の花筏にならない。細かなところだが、吉野川として捉えたほうが雅である。それにしても、この鐔と小柄においても、桜は花の形状を保っている。花びら一片では確かにわかりにくいか。

吉野桜図鐔 加賀金工 Kaga Tsuba

2020-03-24 | 鍔の歴史
吉野桜図鐔 加賀金工


吉野桜図鐔 加賀金工

 桜の文様化。吉野の山に咲き誇る桜の叢林を文様表現したものであろう。魚子地で省略された背景もまた桜のように感じられるのが面白い。山として描いたわけではないのだが、山裾から折り重なるように桜樹が続いているようにも感じられる。

吉野川図鐔 宜秀 Yoshihide Tsuba

2020-03-23 | 鍔の歴史
吉野川図鐔 宜秀


吉野川図鐔 宜秀

 同じ奈良の吉野山地は、吉野千本桜の呼称があるように、桜の名所として知られている。後嵯峨上皇がこの景色を京に求めようとして嵐山に桜を移植したという。ここを流れ下る吉野川が、桜と組み合わされて文様表現されている。桜のはなびらが川を流れ下るといった景色が素敵であり、嵐山に大堰川(桂川)、吉野桜に吉野川は絵になる。だから文様化も進む。桜は、鐔に描かれているような状態で散ることがない。川の流れに浮かぶのは一片ずつと言っては野暮か。景色の文様化は、こうして自由に広がり、見る者を刺激する。□

龍田川図鐔 青木将之Masayuki Tsuba

2020-03-21 | 鍔の歴史
龍田川図鐔 青木将之


龍田川図鐔 青木将之

 これも和歌がもとになっていることで遍く知られる図。龍田川は奈良県の生駒山地を源として大和川に至る水流。この辺りは紅葉の名所として知られている。景色として描かれるだけでなく、文様化が進んだ例である。装剣小道具ではままみられ、着物の柄としても好まれたようだ。水の流れと紅葉の組み合わせ、構成は多々考えられ、同図を新たな視点で描こうと考えると、かなり研究しないと似た文様になってしまうだろう。


八つ橋図鐔 林重光 Shigemitsu Tsuba

2020-03-19 | 鍔の歴史
八つ橋図鐔 林重光


八つ橋図鐔 林重光

 『伊勢物語』の東下りの段に記されている和歌の名所、三河の国の八つ橋が題材。カキツバタの群生する湿原に設けられた八つの橋が、いつしか文様化された。確かに風景があり、和歌が生み出され、風景としても描かれたであろうが、鐔としてはこのように文様化された。この鐔は肥後の林派の作。同じ場面を題に得た作では京透かしにもある。カキツバタに八つの橋、雲と飛翔する鳥は添景で、描かれない場合もある。下は加賀金工によって文様化された八つ橋。


秋草兎図笄 古金工 Kokinko kougai

2020-03-18 | 鍔の歴史
秋草兎図笄 古金工


秋草兎図笄 古金工

 秋草に隠れるように走る兎。古風な秋草の描写である。兎は丸々として、言うなれば豊穣の秋野であり、好まれた図柄の一つ。描かれている題材それぞれは特徴的。高彫、肉彫で立体感に富み、植物と動物の関係性もまた自然の景色の中では普通に意識される。でも、秋草の集合となると、文様化が進んで実風景とはかけ離れている。兎を描く背景として、実風景ではない秋草に仕上げている。このように写実味を帯びていながらも文様化された秋草は頗る多い。


秋草鹿図鐔 美濃

 綺麗に構成された、秋草にたたずむ鹿の図柄。上の兎の背後に秋草がある図と同じだ。秋草は、いかに精密に高彫表現されたとしても文様である。

桐樹図鐔 久法 Hisanori Tsuba

2020-03-17 | 鍔の歴史
桐樹図鐔 久法


桐樹図鐔 久法

 埋忠明寿に近しい金工であろうかと思う。作風は明寿そのもの。真鍮地に赤銅平象嵌の手法で墨絵の如く桐を描いている。風景の文様表現を試みた作と言えようか。
風景の文様表現というと、以前にも紹介したことがあるように琳派の美観が思い浮かぶ。鐔において琳派の美観を求めた工には、本作のような鐔を遺した埋忠明寿があり、江戸後期になると、絵画でいうところの江戸琳派の美観を求めた作品が頗る多くなる。さて、鐔において風景の文様表現とは言ったが、どこまでを指すのであろうか。実用の道具として限られた、小さな空域に何かを表現する場合、少なからず写実から離れて彫り描かざるを得ないだろう。先に紹介した蘭、月にススキ、梅樹にしても、完全なる写実の追求は難しく、どこか省略したり、強調したりして、画面を作り出している。写実でないのであれば草体化した図になり、それが進むと文様のようになる。また、風景の文様化とは、図案化だけでなく心象表現や抽象表現も含められるだろう。確かなことは図の背後に実景があるということ。にもかかわらず意図して写実を求めていないこと。いずれも現代の我々は、遠い昔の作者の頭の中までは窺い知ることができない。今、我々自身が見た感じで捉えても構わないのだろうと思う。

梅樹図鐔 甚吾 Jingo Tsuba

2020-03-16 | 鍔の歴史
梅樹図鐔 甚吾


梅樹図鐔 甚吾

 透かしと文様や図柄を組み合わせることによって表現された作品を紹介している。梅樹を鐔全体に陽に表現した鐔は良く見かける。この鐔では、茶室の窓から眺めたような、切り取られた透かしの中に梅樹を構成している。先に紹介した亀眼の鐔とは異なり、透かしは前景。背後の梅を際立たせるためのもの。梅樹の一部が透かしの窓によって見えている。この鐔では蔭となっている地の部分に何があるのだろうかといった、想いも広がる。

春蘭図鐔 赤坂忠則 Tadanori Tsuba

2020-03-16 | 鍔の歴史
春蘭図鐔 赤坂忠則


春蘭図鐔 赤坂忠則

 蘭の花は、胡蝶蘭と呼ばれる種があるように蝶を想わせる花弁が魅力だ。我が国の春蘭も、春はやい野の木陰で見かけると嬉しくなる存在である。清楚で可憐な、その様子を陰陽に表現した鐔。

牡丹図鐔 Tsuba

2020-03-13 | 鍔の歴史
牡丹図鐔


牡丹図鐔

植物の一部、花弁などを透かしで表現した作品は多々ある。これもその例で葉の一部を透かし、花は金の平象嵌による線描写と毛彫を組み合わせている。ぱっと見た印象では、下地が赤銅であるため、透かされた葉が強く視覚に映り、蝶が舞っているかのように感じられる。それは意図してのものかは不明だが、牡丹と蝶の組み合わせは画題として多いことから、筆者の感覚のものだけではないかもしれない。

桜花文図鐔 神吉 Kamiyoshi Tsuba

2020-03-12 | 鍔の歴史
桜花文図鐔 神吉


桜花文図鐔 神吉

 このような華やかな表現からなる鐔が肥後に伝統的にある。創始は林又七と考えられている。初期には、下写真のように地面を活かした構成であったが、次第に濃密な透かしを加えるようになった。ここに紹介しているのは、いずれも江戸時代後期の深信や楽寿など神吉派。「霞桜」ともいわれるように、春霞に桜花が滲んで見えているような、そんな視覚的効果を求めたもの。毛彫を加えた桜花を地に陽に活かし、その周りを花弁のように透かし去り、四方に猪目を透かし、さらに糸透で耳際に細い筋を透かしている。金布目象嵌はあるものとないものがあるも、これも霞だろうか。春霞などといえば風情もあるが、春は黄砂、杉花粉が飛散する季節。杉花粉に滲む木漏れ日などは、花粉症の方には申し訳ないがすごく綺麗だ。筆者は、この鐔に施されたすべての処理について、桜が放つ香りを視覚表現したものではないかとも考えている。