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世界価値観調査に見るコスモロジーの崩壊⑫~「宗教」は大切か(その3)

2020-10-26 | 世界価値観調査(WVS)等について
 さて、上記のとおりWVS(世界価値観調査)におけるコスモロジー関連の最重要の質問項目は、筆者にはこの「宗教は人生で大切か」であると見える。
 それは「あなたの心にコスモロジーは生きているか」と、いわば深層心理の問題のど真ん中を突いているに等しいからである。グラフを再掲したい。

 

 「宗教が重要」と回答した人の割合の最下位を、直近のWAVE7(第7次調査)で中国・日本が占めていることは先述のとおりである(「とても重要very important」のみでも同じ順位だが、ここでは「まあ重要rather important」も含めた回答の割合を挙げている)。
 前回のWAVE6の調査でも同じ順位であったが、WAVE7では日本のその割合はさらに5ポイント程度の幅で低下している。中国では逆に上昇しているにもかかわらず、である(日本:19.0%→14.5%、中国10.6%→13.0%)。
 それ以前の調査結果を確認していないので何とも言えないが、中国では、推測するに生活水準の向上によって、人々の中に伝統精神に目を向ける余裕が生じてきたのではないか。
 一方、日本における「宗教=伝統的コスモロジー」の死滅は、いまだ現在進行中の事態であることが見て取れる。
 このままいけば、この割合は次回調査で逆転し、日本が世界で最も「宗教」を軽んじている国となる可能性は高い。

 全体の状況を見ていこう。
 上位をいわゆる「第三世界」「発展途上国」と呼ばれる国々・地域が占め、下位にいわゆる「先進国」が並んでいるのは、これまで見てきた調査結果と同じである。
 ここでも伝統的コスモロジー=宗教的価値体系の崩壊が、社会の近代化によって進行する世界的規模の人類史的現象であることがはっきりと見て取れる。

 その中で特殊な位置にあるのが、この項目でも米国であることに注目したい(国名を青で囲んでいる)。
 米国では、「宗教が大切」と答えた人々の割合は6割(59.6%)に達しており、世界全体(”TOTAL”、62.0%)の割合にほぼ一致する。
 この米国の回答は、前回・WAVE6での調査結果(68.4%)から大幅に低下しているとはいえ、いわゆる先進国の中ではイタリア(65.3%)に次ぐ異例の高さにある。
 (なお、世界全体でも前回・WAVE6の71.4%からの大幅低下が見られるが、調査対象国・地域が増えていることから、これが世界的傾向なのかはここでは判断できない)。

 筆者には材料不足で即断はできないとはいえ、かの国でドナルド・トランプのような明らかに倫理的に問題のある人物がトップリーダーに選ばれてしまう、私たちにとって奇妙に見える「民意」の状況の主たる原因はここにあると見えてならない。
 日本における報道の限り、トランプの言行は自己中心的で支離滅裂であり、明らかにトップリーダーとして失格である。にもかかわらず、彼はこの状態にあっても相当の支持率をキープしている。
 その背景には、宗教的・政治的に保守的な白人の「岩盤支持層」があるとされるが、この調査結果はほかの経済先進国・地域にはない、価値観の分断の先鋭化という米国の特殊事情を正確に反映していると見受けられる。

 また、ほかの調査結果でも同傾向であったが、非宗教性・世俗性の高さが東アジアの地域的事情、とりわけ「儒教文化圏」の特徴だとする説は、ここでもはっきりと否定されている。
 「宗教が大切」と答えた人は、台湾で5割(51.4%)、ベトナムで4割(41.0%)を超え、韓国も4割弱(35.9%)、そして中国の特別行政区となった香港でさえ3割(30.6%)を占めているからである。全般に低位とは言え、ほかの「先進的」とされる国・地域と特段異なる傾向ではない。ここでは、中国と同様に数少ない社会主義政権のもとにある国・ベトナムでさえ4割超をキープしていることが注目される。
 このことは、世界の中で最も進行した日本及び中国の「宗教軽視・無視」が、政治・経済の近代化によって進行する世界共通の傾向に加え、別の特殊事情によって加速されてきたことが読み取れる。その事情の考察についてはまた別に行いたい。

 地域的・文化的事情を言うのであれば、むしろその顕著な傾向は北欧諸国にはっきり見られる。
 宗教を大切だと答えた人の割合を下から見て、15位以内に北欧の5か国(下から、デンマーク、エストニア、スウェーデン、フィンランド、そしてノルウェー)がランクインしているからだ。その割合は20~35%程度の範囲にとどまっている。

 これらの国々で共通するのはプロテスタント・キリスト教の宗教的な伝統とともに、世界の先端をいく「豊かで平等な社会」を実現していることである。だとすれば、この回答結果には、むしろ「生きるうえで宗教を必要としない」という要素が強いのではないかと推測される。
 筆者の知識では他の国については確言できないが、この地域の代表格であるスウェーデン(本項目について「重要」が28.0%、前回26.2%)については、少なくとも2000年代初頭まで社会民主主義政権のもとでの福祉国家における、内面的にも充足した生活水準があったことは間違いない(詳しくは小澤徳太郎氏の諸著作を参照)。

 まとめれば、「宗教=絶対的価値はあなたの人生で意味を持つか」を問うたこの調査結果は、コスモロジーが死滅している内的状況、すなわち価値の平板化の進行度合いをはっきり反映していると考えられる。より実感的に言えば、価値が骨抜きにされ、脆弱になった私たちの精神状況を世界比較によって明らかにしているのである。

 もっとも、「宗教」に代わる価値が人々の心を占めている場合、コスモロジー崩壊による内的脆弱化はかなりの程度食い止められるであろう。そのことを、上記の北欧諸国の調査結果は示唆している。また、「愛国心」「国のために戦う気概」に関しては高いレベルにある中国の調査結果も、別の意味でそのことを示していると思われる。
 それは戦後の一時期までの日本も同じであったろう。いや、推測というよりも、筆者の世代(70年代生まれ)は両親・祖父母の真面目な姿に、その内的事実を見ていたのだ。彼らの心の中にはまだ「国」「同胞」の「よりよい明日」がはっきりと生きていたのである。

 現代日本からはそれすら失われ、アイデンティティの根拠が欠けたままとなっている。衰亡過程に陥ったわが国の現状の根底的原因はここにある。そのことを、今回のWAVE7における調査結果ははっきり示している。空気のように見えなくなっている私たちの内なる問題が、こうして国際比較によって、初めて見えてくるのだ。

 F・W・ニーチェがかつて予見した恐るべき「神の死」は、目下極東アジアとりわけ日本において、最も先鋭的に出現している可能性が高い。
 これはご高尚な哲学の問題ではなく、現に私たちの内に生じている内的事実である――そのことを、現代の国際的な社会心理調査が、数値によって目に見える形で示しているのである。


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