〈私〉はどこにいるか?

私たちは宇宙にいる――それこそがほんとうの「リアル」のはずである。この世界には意味も秩序も希望もあるのだ。

深層心理学・唯識について

2006-02-27 | Weblog
さて、先述のブログ授業では現在、古代の深層心理学とも言える、大乗仏教の一学派“唯識学”が取り上げられている。というと、いわゆる東洋哲学的な難解な文献を想像してしまうがそうではない。むしろ意図的にそういう専門的に難しいことは排除しているようだ。徹底的に、読み手が自分のものとして理解できるレベルで語られていると感じる。 唯識は、人間が自他を悩ませるような行動をついついしてしまうその背後に、深層心理( . . . 本文を読む

学ぶということ

2006-02-26 | Weblog
引き続きさきに述べたブログ授業に出席しているのでそのレポートをしていきたい。 (“岡野守也の公開授業+α”、右のブックマークより飛べます) 受動的に聞くだけ(読むだけ)では学習したことがなかなか定着しないというところがあると思う。言われて「ああ、そういえば」という受動的記憶で終わってしまっていては、人生の肝心な現場で役に立たない。 それでは自分のものになったとは言えないからだ。 だからこうして書 . . . 本文を読む

猫の日?

2006-02-23 | Weblog
「引っ込み思案」という言葉があって、自分がコミュニケーションでよくやっているのがまさにそんな感じじゃないかという気がしている。 それには一見真面目で誠実そうなイメージがあるが必ずしもそうではない。 なにか言いたいことはぐるぐると巡っているのだが、それを口にするとバカにされるんじゃないかとか、場の雰囲気を壊して浮いてしまうのではないかとか、そんなふうなことを気にして、内向きの自己防衛をしているにす . . . 本文を読む

繰り言ではあるが

2006-02-22 | Weblog
ううむ、困りました。やっと家に帰りこうして書けるというのに、何を書いていいか話題が思いつきません。いや、何か目を向ければきっとあるような気がするのだけど。たぶん、「話題がない、どうしよう」みたいに人と話しているのに注意が自分のほうに向いてしまっているのと同じ状況なのでしょう。あと、言いたいのだったら何だってまず話してみればいいのに、みょうにすごいの書こうとか、相手の反応はどうかな、みたいに気にして . . . 本文を読む

関越トンネルを超えたらいきなり雪国

2006-02-20 | Weblog
きのうきょうと、生まれて初めてスキーというものに行ってきた。 職場の人たちと一緒だったのですが、みんな普通に滑れるので、肩身が狭かった。何ごとも、もうできている人というのは超初心者の苦労がわからないらしい。 なんとかハの字で滑り降りれるようにはなったものの、何度も転んで膝をひねって少々痛い。あした仕事が超めんどくさい。 でもなかなか楽しかったです。とくに、一緒に行った人が小学二年・三年の兄弟を連れ . . . 本文を読む

忙しいのも悪くない

2006-02-15 | Weblog
忙しくてなかなかブログの更新もままならず残念です。 しかし忙しいのもなかなか悪くない。というかいいところもけっこうあります。 とにかく稼げる。それに意識を集中すれば残業100時間なんて楽勝です。 またどうでもいいことをしなくて済む。時間をムダにせずにすみます。 それにしても時間が過ぎるのは速い! もう二月も終わりに近づこうとしています。無情迅速で寂しくはありますが、しかし諸行無常だからこそ楽しくな . . . 本文を読む

「大和」―鎮魂ということ 2

2006-02-11 | 歴史
さて、映画というのはなによりメッセージを語るものだと思う。 いろんな鑑賞のしかたがありえるだろうけれども、その表現されているところのメッセージを外しては、どんなもっともらしい批評も文字通り的はずれになってしまうだろう。 もちろん映画も多様な読み取りが可能ないわばテキストだから、人によりコンテキストにより受け取り方の幅があるのは当然だ。 しかし自分の限界あるコンテキストなりに、やはりこの映画には骨 . . . 本文を読む

「大和」―鎮魂ということ 1

2006-02-10 | 歴史
きのう、休暇を利用して、話題になっているという映画「男たちの大和/YAMATO」を観に行った。評判と期待に違わぬ、日本にはめずらしい気合いの入った戦争映画だった。 またこの戦艦の戦いとそれにまつわる人間ドラマを、過剰な脚色や美化をなるべく排除し、当時の時代に雰囲気に誠実であろうとする視点で描いていた感じで好感がもてた。 現代の場面が意外に多く、(たぶん予算的な制約か)そのために肝心の艦内の様子や . . . 本文を読む

ブログ授業、唯識の心理学について

2006-02-09 | Weblog
引き続き、前述のブログ公開授業を読んでいる。 いわば一口サイズのリアルタイム読書という感じで、本を読み通す時間と根性が失せつつある現状では、この形式はなかなか具合がいい。 現在、大乗仏教の哲学であり深層心理学であり実践理論である“唯識”の学びが進行中。うーむ、じつに深い! 表現はやさしいのに、内容のほうはただごとではないことが書かれているように思う。うまく言えないけど。 それはさておき、またレポ . . . 本文を読む

ガンダム、ぼくらの物語

2006-02-07 | Weblog
先日、ちょうど同年生まれの友人(といっていいよね)と飲みに行き、お互い共通する体験を持っていることを確認できてなんだか嬉しかった。 いろいろあるのだけど、幼少のころに再放送のテレビで見たガンダム体験が一致するのは、やはり同年代だなと思った。 この話題は同世代でヒットする確率が高い。 骨太のストーリー、それぞれに濃くて強力な印象を残したキャラたち、そして珠玉の名ゼリフの数々…、話題は尽きないのだ。 . . . 本文を読む

ブログ:公開授業について

2006-02-05 | 心理学や霊性
最近は本を読むヒマがなくて残念だ。残業続きのなかで、さきに書いた大学講義のブログ上の公開授業に“出席”することが、今のところ貴重な学びの時間となっている。 (興味のある方は、ブログ:岡野守也の公開授業、参照のこと) 現在、仏教の深層心理学ともいうべき“唯識”をテーマにおこなわれているが、千数百年前の古代に、このような現代の深層心理学を包括しさらにはそれを超える洞察・学説があったということは、それ . . . 本文を読む

あ、もうこんな時間だ!

2006-02-02 | Weblog
自分の書いたのを読んでいて、なんだか私ごとばかり書いているようで、他人との関係性が出てこないのに気づく。現実世界での関係性を忠実に反映しているとしたらけっこう痛いものがある。 またこうして文章を書くというのは何らかのメッセージを伝えるための行為だが、その目的が見失われているような気がする。 ようするに関心が過剰にうちに向きがちだ。そして関心の幅が狭い。その範囲内で知ったふうな気になっている。 ちょ . . . 本文を読む

思いを換えるトレーニング

2006-02-01 | 論理療法
きょうは論理療法を学ぶ講座に出席した。そのことはまたあとで書きたい。 とりあえず、いかに非合理的で現実にあっていない思い込みが多いことか、自分の行動パターンのいたるところにそれがびっちり潜んでいるような気がしてきた。 これまで何度も論理療法やらなきゃ、じゃなくやりたいぞと思ってきたのに、なんと不徹底だっただろう。学びが惰性になってしまっているんだな。 ようし、今度こそは! (かけ声だけにならぬ . . . 本文を読む