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世界価値観調査(WVS)について⑤ ~伝統は大切か

2020-04-26 | 世界価値観調査(WVS)等について
世界価値観調査(WVS)について、今回から「宗教性」を問うた複数の調査項目に焦点を当てていきたい。

私を含む多くの日本人にとって、特別に信仰を持っている人以外、「宗教」は極めて影が薄い。
それどころか、人との日常会話の中で宗教の話題を出すことなどまず皆無であろう。そんなことを語ればおかしな人と見られてしまうので、ほとんどタブーに近いといっても過言ではない。

しかしそうした感覚は、世界的に見て果たして普遍的なのか?
そうでは決してないことを、WVSの調査結果はよく表わしている。

ところで、目下の新型コロナウィルスへの対応に当たり、日増しに「全国民の一致団結」が唱えられているようになっている。
しかし、例えば通りかかった地元のパチンコ屋はいまだに「自粛」の「要請」など無視して、大繁盛らしい状態である。お読みの方々の周囲でも同様であろう。

パチンコ屋は一つの戯画的な象徴のようなものだが、それはともかく政府や地方行政の対策への、私たちの「あなた任せ」の姿勢、要するに「やらされ感」は極めて根深い。

社会心理的に見て、未知のウィルスへの「戦い」が他国と比べて徹底しないのには、前回まで見た日本人という集団への私たちのアイデンティティの薄さ、言い換えれば「愛国心」の世界的に見た異例な低さが深く関与しているのは、総体で見ておそらく間違いないと思われる。
もちろん異論があればそれで構わないが、アイデンティティを感じていないもののために本気で戦うことができないのは、あまりにも当たり前のことにすぎない。

だとすれば、ではなぜ、いつから私たち日本人はこういう状態に陥ってしまったのか。

集団的なアイデンティティは、歴史的に宗教、言い換えれば集団としての物語、すなわち伝統的なコスモロジーが担ってきた。日本の場合、それは仏教・神道・儒教が集合した神仏儒習合のコスモロジーであったことは間違いないと思われる(『コスモロジーの心理学』岡野守也、青土社参照)。

しかし、それらは今や私たちの中ではっきりと死に絶えてしまった。

今回の厳しいウィルス禍が私たちの歴史的なアイデンティティの見直しを促す機会となれば何よりだが、そのためには現状の認識がまず必要だと思う。

果たして私たちは先祖たちにとっての日本と同じ日本に生きているのか。それとは別の何かに変わってしまい、そのことが現在の状況をもたらしているのか。

これに関し、WVSの調査結果にはいくつかのはっきりとした指標があるが、とりわけ以下のストレートな質問項目は、このことの答えをはっきりと示していると思われる。

【項目】あなたにとって大切なこと
【質問】人によって大切なことは異なります。次のような人がいるとすれば、それぞれのあり方について、あなたはどの程度当てはまりますか。
Now I will briefly describe some people. Using this card, would you please indicate for each description whether that person is very much like you, like you, somewhat like you, not like you, or not at all like you?(日本語は過去の調査の質問文であるため、質問の仕方が異なっている)

これに対しいくつかの選択肢からその度合いを回答するという調査項目だが、そのうち

伝統や、宗教や家族によって受け継がれてきた慣習に従うこと

との選択肢に対して「とても当てはまる」「当てはまる」と答えた人の割合を表わしているのが、次のグラフである。



全60か国・地域中、「とても当てはまる」と答えた人は、日本人では2.3%、「当てはまる」と答えた人を加えても10.2%と、いずれも極端な低さで日本が世界最下位にあることがわかる。

最下位から2位のオランダでも計16.5%、3位の韓国でも計23.4%、3割を下回るのはわずかこの3国のみである。

もちろん、上位から中位を占めるのが、近代化の度合いが低い(ないしそうイメージされている)「発展途上国」「第三世界」の地域・国々であるのは、ここでも変わりない。
近代化=世俗化の度合いの高い、いわゆる「先進国」のメンバーがいずれも下位に固まっているのは当然だろう。

大まかに言って、社会が近代化されることによって伝統精神が破棄されていく世界的な傾向を、ここに見て取ることができる。

それでも、「先進国」はアメリカをはじめ4割前後をキープしているのがわかる。
これから見ていく各グラフで、世俗化・非宗教化の度合いに関し日本とトップを争うのが中国とスウェーデンだが、そのスウェーデンですら37%、中国は41%と、この調査の限り両国民のかなりの割合は伝統精神を捨て去っていないことがとりわけ注目される

日本人の回答で「わからない」とする割合が高い(9.6%)なのはここでも変わらずだ。しかし逆に「当てはまらない」「全く当てはまらない」と否定する答えの割合は世界で2番目に高く計35.4%(最高がオランダの36.9%)となっており、日本人の多くが「伝統など人生にとって意味がない」とはっきり感じていることを示している。

この調査項目からほぼ間違いなく結論できることは、日本人は伝統精神から最も隔絶した国民だということであろう。先述のイングルハート―ウェルゼル図での、日本の縦軸における突出した位置が示していたのは、まさにこのことだと見られる。

世俗化の著しいスウェーデンにおいては前世紀以来の社会民主主義が、中国においては政治思想としての共産主義が、たとえ無神論的であっても、いまや伝統精神と化し、国民の心の中でセルフアイデンティティとして生きている可能性がある。

しかし、日本においてはそうではない。伝統的な神仏儒、さらにその上に乗っかる形で機能してきた天皇制、それらに代わる国民統合の原理をいまだに見いだせていないことは、当の日本人である限り否定できる人はまずいまい。

危機との「戦い」のための国民的団結に当たって、悲観的にならざるをえない調査結果であり、以降も同様の傾向の調査結果が続く。しかしこれは単なる悲観ではないつもりである。

繰り返すが、ぜひ現在の危機状況がそれを見直す機会になればと祈る。

これまでも触れてきたが、それは日本の原点は何かを考え直し、その精神を取り戻すことにあるのだと思う。


3 コメント

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Unknown (ひでお)
2020-10-10 16:20:33
突然すみません、このグラフはどちらで手に入れましたでしょうか?
レポートに用いたいので、お答えいただければ助かります...
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Unknown (type1974)
2020-10-11 09:21:56
図は私が作表したものです
使っていただいてかまいませんが、レポートで使うなら、直接WVSAのサイトからダウンロードしたデータで作られたほうが、出典の点からもよいのではないかと思います
最新の記事にURLを記しています
初歩的なエクセルの操作で作ることができます
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Unknown (ひでお)
2020-10-26 12:35:20
ただいま確認いたしました。なるほど、そうなんですね...レポートでは教えていただいた通り、自分で作ってみようと思います。ご丁寧に返信いただきましてありがとうございます!!
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