なんとなく夕食を食べ忘れてましたが、これから夜中に食べても体に悪いし、かといって朝食べるのは、出勤ぎりぎりまで寝ていたいのでこれまためんどうくさいし、どうしたものか? 食事は身体と心づくりの基礎ですごい重要なのだと思うのですが、安易に流れてしまっています。
先日実家に帰り、久しぶりにテレビというものを比較的ゆっくり見たのですが、単に好き嫌いの問題で、とくに小うるさい番組がキライです。いわゆるバラエティだけでなくニュース番組すらも、なにか間断なく笑わせようとしているらしいが、笑えないんですよね。
ごう慢かもしれませんが、こういうのに時間をとられたくないものだと思いました。無自覚に心に取り入れられてしまう情報という意味でも、ひじょうに粗悪なものに思われます。
あと気になったのが、さいきんは何か脳みそのトレーニングが流行らしく、料理をするのも何をするのも「能を鍛える」という文脈から、どっかの大学教授といったその道の権威を担いでもっともらしくかまびすしく語られているのが印象的でした。
たぶんこれはとってもおおざっぱな唯脳論的な還元主義だと思います。よく見てはいないのですが、雰囲気から、人間の内面のすべては脳みその機能の反映に還元されてしまう、けっきょくその程度という話になっているように読みとれました。
だから「脳」は語られていても「心」は語られていないですよね。
そういう還元主義が、ちょっとお高い実存哲学とか思想とかのレベルではなく、みんなが共有する常識にまで降りてきているということなのだと、べつに大げさではなくちょっとコワイなと思いました。
それはそうと環境問題なのですが、読んでいるテキスト『スウェーデンに学ぶ「持続可能な社会」』(小澤徳太郎、朝日新聞社)によると、ようするに権威ある国際的な環境関連の機関の近年の報告によれば、ほとんどの指標で「手遅れ」「達成困難」「回復不能」とあって、状況はかなり真っ暗らしい。
え、そんなにやばいの? …かなり怖いものがあります。
とりわけ地球温暖化は今後さらに加速度的に進行していくのは間違いないようです。
国際的なもっともらしい取り決めも、それの前ではまさに「気休め程度」のようで、しかももっと気が滅入ることには、それすら遵守されていないらしい。
とにかく近未来・2050年の世界というのはかなりの惨状のようです。
小説『1984年』も相当陰惨でしたが、これはフィクションではないのですね…
しかしながら、一方でこの本では、高度な経済・福祉を保ちながら環境問題においても「持続可能な社会」を実現しつつあるスウェーデンというモデル・実例が熱く紹介されており、恐怖のお話しよりそっちのほうがメインです。
未来に希望を持つためにもこれは読むべし!(現在第二章…)
それにしても日本のていたらくは、何なのかな…
愛する我が祖国、私たちは日本人でしかありえないのだから、ここから何とかしたいものです。
いや、なんとかなるのだ。
お読みいただきありがとうございました
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先日実家に帰り、久しぶりにテレビというものを比較的ゆっくり見たのですが、単に好き嫌いの問題で、とくに小うるさい番組がキライです。いわゆるバラエティだけでなくニュース番組すらも、なにか間断なく笑わせようとしているらしいが、笑えないんですよね。
ごう慢かもしれませんが、こういうのに時間をとられたくないものだと思いました。無自覚に心に取り入れられてしまう情報という意味でも、ひじょうに粗悪なものに思われます。
あと気になったのが、さいきんは何か脳みそのトレーニングが流行らしく、料理をするのも何をするのも「能を鍛える」という文脈から、どっかの大学教授といったその道の権威を担いでもっともらしくかまびすしく語られているのが印象的でした。
たぶんこれはとってもおおざっぱな唯脳論的な還元主義だと思います。よく見てはいないのですが、雰囲気から、人間の内面のすべては脳みその機能の反映に還元されてしまう、けっきょくその程度という話になっているように読みとれました。
だから「脳」は語られていても「心」は語られていないですよね。
そういう還元主義が、ちょっとお高い実存哲学とか思想とかのレベルではなく、みんなが共有する常識にまで降りてきているということなのだと、べつに大げさではなくちょっとコワイなと思いました。
それはそうと環境問題なのですが、読んでいるテキスト『スウェーデンに学ぶ「持続可能な社会」』(小澤徳太郎、朝日新聞社)によると、ようするに権威ある国際的な環境関連の機関の近年の報告によれば、ほとんどの指標で「手遅れ」「達成困難」「回復不能」とあって、状況はかなり真っ暗らしい。
え、そんなにやばいの? …かなり怖いものがあります。
とりわけ地球温暖化は今後さらに加速度的に進行していくのは間違いないようです。
国際的なもっともらしい取り決めも、それの前ではまさに「気休め程度」のようで、しかももっと気が滅入ることには、それすら遵守されていないらしい。
とにかく近未来・2050年の世界というのはかなりの惨状のようです。
小説『1984年』も相当陰惨でしたが、これはフィクションではないのですね…
しかしながら、一方でこの本では、高度な経済・福祉を保ちながら環境問題においても「持続可能な社会」を実現しつつあるスウェーデンというモデル・実例が熱く紹介されており、恐怖のお話しよりそっちのほうがメインです。
未来に希望を持つためにもこれは読むべし!(現在第二章…)
それにしても日本のていたらくは、何なのかな…
愛する我が祖国、私たちは日本人でしかありえないのだから、ここから何とかしたいものです。
いや、なんとかなるのだ。
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