〈私〉はどこにいるか?

私たちは宇宙にいる――それこそがほんとうの「リアル」のはずである。この世界には意味も秩序も希望もあるのだ。

台風と地震の後で(転載)

2018-09-08 | サングラハ教育・心理研究所関係
岡野守也先生のブログから一昨日の記事を転載したい。私もいろいろ書いてきたが、しかし世のためという意味ではそちらを読んでいただいたほうがよほど建設的ではないか、という気持ちで転載を続ける。
 それにしても異常気象に災害の連続、世界の中でも日本は実際「いやおうなしに危機の時代・不安の時代」に突入せざるを得ない。
 ひと昔前(90年代前半から2000年前後当たりだったか)になるが、「終わりなき日常を生きろ」と言っていた社会学者がいたが、「終わりなき」と見えたのは実に幸福な時代に斜めに構えることでメシを食えた人間のセリフであって、その人物は今は違う何かのセリフを言っていることだろう。そうした人物は一度徹底批判されるべきだと思う。
 平穏な日常ははかなく終わってしまうのである。

 普通に考えたら、目の前が真っ暗になるか(真面目な少数派)、そうなるのが嫌だから見て見ぬふりをして日常をやり過ごす(私も含めほとんどの多数派)になるのがオチと言えそうだが、そうではない考え方・生き方があるという。ぜひそうした心の姿勢を確立したいものだと思う。

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 大型の台風21号が過ぎました。

 心配してくださった方に、「今回もこちらは幸い大したことはありませんでした(もちろん自分たちだけが大丈夫ならそれでいいと思っているわけではありませんが)」、とお知らせを書こうと思っていた矢先、北海道の大きな地震のニュースで、一種、言葉を失った感じになり、すぐに記事を書くことができませんでした。

 遅れましたが、二つの大きな天災で、亡くなられた方のご冥福をお祈りし、被災された方々に心からお見舞いを申し上げ、一日も早い復旧・復興をお祈りします。


 20号台風の後の段階で、秋からの講座案内に「事実としてはいやおうなしに危機の時代・不安の時代になりそうです(望まないことですが)」と書きましたが、望まないこと・きわめて残念なことながら、ますます現実のことになりそうで、とても心配です。

 危機の時代にはどうしても、不安に囚われて気持ちが暗くなるか、それが嫌なので「正常性バイアス」的に自分だけは大丈夫だと思いたくなりがちですが、そのどちらでもなく、正しく心配しながら、つまり危機管理意識をしっかり持って、できるだけ想定外がないような対策をしながら、しかし最終的には運を天に任せる、「人事を尽くして天命を待つ」という心の姿勢を確立することが望ましいのではないか、と思います。

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