愛媛の伝承文化

大本敬久。民俗学・日本文化論。災害史・災害伝承。地域と文化、人間と社会。愛媛、四国を出発点に考えています。

村祈祷

2006年08月06日 | 年中行事
7月15日、午前、松山にて「まじない」に関する考古学の講座で話をして、午後は日浦地区の最も奥にある米野町に行く。目的は大草履つくりをみるため。行事名は、地元では野祈祷とか村祈祷と言っている。毎年7月15日昼に、弥勒堂にて全長70センチほどの藁製大草履を2つ作って、それを上(かみ)と下(しも)の村境に吊るす。地区外から侵入する災いを防ぐため。
 大草履が作られると、弥勒堂では不動明王の掛け軸を飾って数珠繰りをする。そして一献あって、終了後、村境に大草履を吊るしに行く。
 大草履は米野以外にも青波にもあると地元の方は言っていた。南予や久万高原町では頻繁に見られる大草履習俗だが、それは小正月行事として行われているのがほとんど。
 夏の災厄除けとして今でも続けられている事例は珍しい。

わぬけ

2006年08月06日 | 年中行事
先般7月28日に、家族と八幡浜の湯島天神社の「わぬけ」に行った。高野地神楽が来ていて、飛出の舞や岩戸開、大蛇退治などを見た。これは毎年の恒例のこと。ところが、わぬけの茅の横に今年から解説パネルが設置されていた。輪のくぐり方、そして唱える文言が記されている。その文言の中に「蘇民将来」とあるではないか。正直驚いた。今後、これが定着するのだろうか。神社神道では一般に説明されることだが、数人のお年寄りに聞いてみても、蘇民将来については知らないという。

いつまで続くものか・・・。

2006年08月06日 | 日々雑記
これまでノートに書いてきた備忘録のかわりにブログを使ってみようかと思ったが、さていつまで続くことやら。気が向いたときだけ書いてみよう。

さて、昨日は保内町内で祭りの話をしたが、実に収穫あり。逆に地元の方々に多くのことをご教示いただいた。10月23日の祭りは何とか都合をつけて見に行きたい。

今夜は法華経の法師功徳品(岩波文庫)を読む。ここに「是人意清浄 明利無穢濁」の一文あり。この人の意(心)は清浄そして明利で穢れていない・・・。「清」「明」の対義語として「穢」が表われている。しかもそれは身体的なものではなく、意(心)について。天武天皇の頃の官位で使われた「明」・「浄」や、奈良時代中期から後期の謀叛者に対する「穢心」の表現を彷彿とさせる。飛鳥から奈良期は、この法華経に見られるような観念が朝廷レベルで定着していたことを納得する・・・。