八幡浜地方では鮫のことをフカと呼ぶが、このフカという方言は関西以南で用いられるものである。これを湯晒しにして食べるのだが、作り方は次の通りである。 ①二、三尺ほどのフカの頭に包丁を入れて落とす。②肛門のあたりから腹を切って内臓を抜き出す。③熱湯にくぐらせて、冷水で冷やす。④たわしでこすって表面のさめ肌を落とす。⑤三枚におろしてぶつ切りにする。そして寒天、きゅうり、こんにゃく、豆腐などを付け合わせて盛りつければ完成である。 八幡浜では当然のようにフカを湯晒しにして食べるが、鮫を食する地域は全国的に見ると実は少ない。気味の悪い魚、臭みのある魚として嫌われることが多いのである。私も大学時代、東京で鮫(フカ)を当然のように食べていたと友人に告げると、不気味がられたことがある。 鮫を食べる文化を持つ地域として有名なのは伊勢地方と広島県山間部、そして八幡浜を含む愛媛県南予地方である。 伊勢地方(三重県)では古代より現在に至るまで、鮫を干物にして、伊勢神宮に神饌として奉納している。鮫は安産で、生命力が強いことから神饌(神の食物)とされるのだろう。八幡浜地方でもフカの湯晒しは日常食ではなく、ハレの食事、つまり祭り、盆正月、冠婚葬祭などに食べるものである。鮫は日本古代神話では神格化されているが、現在でも神聖な魚として捉えられているため、ハレの食事となっているのだろうか。 また、八幡浜では、鮫の肉は独特の臭みがあるため、生では食べず、湯晒しにして、素味噌をつけて食べる。この臭さの正体はアンモニアである。これが含まれていることにより、防腐の効果があり、鮫肉は長持ちするといわれる。そのため、鮫は全国的に見ると、新鮮な魚を食べることのできない山間部で好まれる傾向がある。例えば、海に面していない広島県の山間部の江の川水系では、鮫をワニと呼び、その刺身が郷土料理となっている。 八幡浜地方は、新鮮な魚を食べることができる地域ではあるが、さらに全国的に食べられることの少ない、臭みのある鮫を湯晒しにして、素味噌を用いるという手段で食べようとする。魚に関する食文化が発達している証拠であろう。
2000年06月01日 南海日日新聞掲載