愛媛の伝承文化

大本敬久。民俗学・日本文化論。災害史・災害伝承。地域と文化、人間と社会。愛媛、四国を出発点に考えています。

地震の時の唱え言

2001年06月14日 | 八幡浜民俗誌
地震の時の唱え言

 ここ数年、阪神・淡路大震災、鳥取県西部地震、そして先日の芸予地震と、西日本で大規模な地震が発生している。西日本は地震の活動期に入ったといわれ、今後も大地震が起こる可能性もある。そこで、防災意識の喚起のためにも、民俗の立場から、今一度、地震に関する伝承文化をまとめておきたいと思う。
 地震の予兆に関して、ナマズが暴れると地震が起こると言われている。これは茨城県の鹿島神宮にある要石が、普段はナマズを押さえているが、手をゆるめると地震が起こるという伝説が江戸に広まり、鯰絵として絵画の主題になったり、文芸にも取り上げられて広まったものである。また、夜中にキジが鳴くと地震が来るというのも全国的に聞くことのできる予兆の言い伝えである。
 さて、実際に地震が発生した時に、かつては地震が止むようにと唱え言をしていたという。全国的に見ると、地震の時の唱え言としては「マンザイラク(万歳楽)」があり、江戸時代から、危険な時や驚いた時に唱える厄除けの言葉として有名である。八幡浜市では、地震の時に「コウ、コウ」と叫んだといい、また大洲市でも同じく「コウ、コウ」と言うと地震が早く止むとされる。感覚としては、落雷の時に「クワバラ、クワバラ」と唱えるようなものであろう。このクワバラは桑原のことで、菅原道真の所領の地名であり、道真が藤原氏により大宰府に左遷され、亡くなった後、都では度々落雷があったが、この桑原には一度も雷が落ちなかったという言い伝えから、雷の鳴る時には「クワバラ、クワバラ」と言うようになったと『夏山雑談』に記されている。この唱え言は謡曲「道成寺」など、歌舞伎や狂言の台詞にも登場し、一般に広まったものである。大洲市のことわざで「麻畑と桑畑に雷は落ちぬ」というが、桑の木はは比較的低いため、桑畑(桑原)には実際に雷が落ちる可能性が低いといえるのかもしれない。
 話は戻って、地震の時に「コウ、コウ」と叫ぶ事例は高知県にもある。これについては、坂本正夫氏が『とさのかぜ』十九号にて紹介している。高知県中部では「カア、カア」、土佐清水市や宿毛市、大月町などの高知県西部では「コウ、コウ」と言うらしい。また仁淀川上流の吾北村や池川町などの山村では、地震は犬を怖がるのでコーコー(来い来い)と犬を呼ぶ真似をすれば地震がやまると言われている。『諺語大辞典』には「地震ノ時ハカアカア、土佐の諺、地震の時は川を見よの意なりと云う」とある。坂本氏によると、地震が発生したら、落ち着いて川の水の状態や海水面の変化などをよく観察し、山崩れや津波の来襲に気を付けるようにという科学性に富んだことわざだというのである。
 八幡浜の「コウ、コウ」も「川、川」が訛ったものと思われるが、実際に地震が起こった場合は、冷静に周囲の状況を見て、行動することが大切だということを示唆しているのであろう。

2001/06/14 南海日日新聞掲載

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