アポロ11号の月着陸映像の原本が、どこかへ行ってしまったようだ。
アポロ月着陸には、「ヤラセ」説の番組が放送されたりして、物議を醸している。おそらくヤラセ支持派は、これを「意図的な証拠隠滅」と捉えるのであろう。
この問題は、科学的な検証と、政治的な検証を分けて考えるべきだろう。
まず科学的な検証だが、当時アメリカとソ連は激しい宇宙開発競争を繰り広げていた。ソ連も高度な宇宙観測技術を有していた訳で、アポロが完全なヤラセであったなら、ソ連が指摘して当然である。それが無いのは、少なくともアポロ宇宙船が打ち上げられて月まで到達したのは間違いないと見て良いだろう(※細かい問題は後述)。また大阪万博で展示されて話題となった「月の石」などの採集物もある。これらも捏造された物とは考えにくい。地球上で採集された岩石ならば、これまで指摘や疑問が出ないのがおかしい。月で採集された鉱物と見て良いだろうと思う。
次に政治的な検証をしてみる。有人宇宙飛行でソ連に遅れを取った米国は、ケネディ大統領が「1960年代中に、月へ人間を送る」と宣言してアポロ計画が始まった。アポロ11号の月面着陸は1969年7月20日。1960年代というタイム・リミットぎりぎりであった。アポロ11号の月面着陸は、米国の威信を保つギリギリの期限で達成された。
では、米国は何故、威信を保つ必要があったか?
それはベトナム戦争であろう。長期化・泥沼化するベトナム戦争によって、米国内では厭戦観が広まっていった。なかなか勝利を収められない米国軍に不満も鬱積していった。そんな国民を高揚させ、政権が人心を掌握するためには、なんとしてもアポロ月着陸を成功させる必要があった。
以上の科学的・政治的検証を踏まえると、ある仮説が成り立つ。ただし、あくまでも仮説である。
アメリカはアポロ宇宙船を打ち上げた。アポロ宇宙船は、月を周回する技術までは有していた。しかし人間を月面に立たせるまでの技術は間に合わなかった。そこで無人の月着陸船を月面に着陸させて月の鉱物を採集し、アポロ宇宙船はそれを持ち帰った。月面での活動のみが「ヤラセ」であった。ソ連の宇宙観測技術は月着陸船の月面着陸までは観測できるだろうが、月面を人間が歩いている姿までは観測不能だろう。
ただし、これは空想の域を出ない仮説であり、実際に人類が月に到達した可能性を否定する根拠はない。その後もアポロは何度か月に着陸しており、これらが全てヤラセとは考えにくい。ヤラセがあったとすれば、ケネディ宣言のタイム・リミットぎりぎりの11号だけだろう。
ところで筆者は、アポロ11号の月面着陸については、もうどっちでも良いと考えている。アポロによってもたらされた月の標本資料は宇宙科学の研究に大いに役立ったのであるし、アポロで磨かれた宇宙飛行技術は、その後の宇宙開発に大きく寄与している。人類を初めて月面に立たせたのがアポロ11号かどうかは、科学的には大きな問題とは言えない。いっぽう政治的な立場で言えば、確かに月に米国人が降り立ったという発表は、当時のアメリカ国内を歓喜させ、威信保持・国威高揚には役立った。しかし、その最大の狙いだったベトナム戦争はアメリカにとって不本意な形で終結した。当時はともあれ、現在においては政治的な意味合いも消失した。
残ったのは「本当にアポロ11号は月に人類を送り込んだのか?」という推理小説だけである。これはもはや「UFOは宇宙人の乗り物か?」と同じように、エンターティンメントでしかない。人々は、この推理小説を大いに娯楽として楽しめば、それでいい。これまで述べたように、この歴史的偉業は、もう科学的・政治的には大きな影響を与えない問題であるのだから……。
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この問題は、科学的な検証と、政治的な検証を分けて考えるべきだろう。
まず科学的な検証だが、当時アメリカとソ連は激しい宇宙開発競争を繰り広げていた。ソ連も高度な宇宙観測技術を有していた訳で、アポロが完全なヤラセであったなら、ソ連が指摘して当然である。それが無いのは、少なくともアポロ宇宙船が打ち上げられて月まで到達したのは間違いないと見て良いだろう(※細かい問題は後述)。また大阪万博で展示されて話題となった「月の石」などの採集物もある。これらも捏造された物とは考えにくい。地球上で採集された岩石ならば、これまで指摘や疑問が出ないのがおかしい。月で採集された鉱物と見て良いだろうと思う。
次に政治的な検証をしてみる。有人宇宙飛行でソ連に遅れを取った米国は、ケネディ大統領が「1960年代中に、月へ人間を送る」と宣言してアポロ計画が始まった。アポロ11号の月面着陸は1969年7月20日。1960年代というタイム・リミットぎりぎりであった。アポロ11号の月面着陸は、米国の威信を保つギリギリの期限で達成された。
では、米国は何故、威信を保つ必要があったか?
それはベトナム戦争であろう。長期化・泥沼化するベトナム戦争によって、米国内では厭戦観が広まっていった。なかなか勝利を収められない米国軍に不満も鬱積していった。そんな国民を高揚させ、政権が人心を掌握するためには、なんとしてもアポロ月着陸を成功させる必要があった。
以上の科学的・政治的検証を踏まえると、ある仮説が成り立つ。ただし、あくまでも仮説である。
アメリカはアポロ宇宙船を打ち上げた。アポロ宇宙船は、月を周回する技術までは有していた。しかし人間を月面に立たせるまでの技術は間に合わなかった。そこで無人の月着陸船を月面に着陸させて月の鉱物を採集し、アポロ宇宙船はそれを持ち帰った。月面での活動のみが「ヤラセ」であった。ソ連の宇宙観測技術は月着陸船の月面着陸までは観測できるだろうが、月面を人間が歩いている姿までは観測不能だろう。
ただし、これは空想の域を出ない仮説であり、実際に人類が月に到達した可能性を否定する根拠はない。その後もアポロは何度か月に着陸しており、これらが全てヤラセとは考えにくい。ヤラセがあったとすれば、ケネディ宣言のタイム・リミットぎりぎりの11号だけだろう。
ところで筆者は、アポロ11号の月面着陸については、もうどっちでも良いと考えている。アポロによってもたらされた月の標本資料は宇宙科学の研究に大いに役立ったのであるし、アポロで磨かれた宇宙飛行技術は、その後の宇宙開発に大きく寄与している。人類を初めて月面に立たせたのがアポロ11号かどうかは、科学的には大きな問題とは言えない。いっぽう政治的な立場で言えば、確かに月に米国人が降り立ったという発表は、当時のアメリカ国内を歓喜させ、威信保持・国威高揚には役立った。しかし、その最大の狙いだったベトナム戦争はアメリカにとって不本意な形で終結した。当時はともあれ、現在においては政治的な意味合いも消失した。
残ったのは「本当にアポロ11号は月に人類を送り込んだのか?」という推理小説だけである。これはもはや「UFOは宇宙人の乗り物か?」と同じように、エンターティンメントでしかない。人々は、この推理小説を大いに娯楽として楽しめば、それでいい。これまで述べたように、この歴史的偉業は、もう科学的・政治的には大きな影響を与えない問題であるのだから……。
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