
仕事だか何だかわからず、またまた現場で筍を収穫する。にわか雨が降るたびに山行きの装いで行くのだ。どうせ、この竹林は工事の完成時には伐採予定だ。
獲物はマタギのように、または山賊のように車座になって仲間内で山分けするのが習わしだ!!? しかし、今回は自分の家のみで消費する。
というのも・・・・。
わたしは、以前、いつも秋になると柿が実るたびに、社内の同僚に配ったりする、不思議な習慣があった。そのほかに茗荷などもそうであった。
それは、もらった人のうれしい笑顔を期待してのものである。
しかし、そんなことをなんども繰り返すたびに相手の当然のような表情に気づき、内心、がっかりするようになった。わたしのみんなに提供したいという気持ちはわたしだけの農民出身の性から感じるものであって、もらう方は八百屋で買わなくて済むという心持ちのみであったらしい。残念なことに、育てる苦労や収穫する喜びとは無縁だったのである。ましてや、野菜や果物がどのようにして作られるかは全く興味の範疇にない。そこで、サラリーマン社会特有のいやらしい部分を見てしまった。要は給料をもらうという、損得優先のドライな行為と生態に似ていたのである。わたしは、そんなことより、もう少し社会人(?)としての対応を期待していたのだが。
それからは、その辺をよく理解できる、マナーを知っている人にのみしか、提供しなくなった。
それはさておき、筍の味噌汁、煮物料理がまだまだわが家ではつづく。



