代表質問も終え、少し気分も楽になった次の日の土曜日、
市が主催する「ふるさと歴史講座」に出かけてみました。
この歴史講座は全7回シリーズで、第1回目のこの日のお題は「邪馬台国から和の五王の時代の市原」。
会場は、市役所やネット事務所のごく近くにある上総国分尼寺跡の敷地内に建てられた展示館です。
入りきれないほどの人で溢れ、会場内は熱気でムンムン!100人は有に超えていたでしょうか・・・。
この日は市原市で発掘されている古墳遺跡についてのお話が中心でした。
かなり専門的・学問的な講義だったのですが、スライドが変わるたびに画面をカメラで撮影している人もいて、皆さんとても熱心に耳を傾けていました。
よく、鉄道マニアを「鉄ちゃん」、戦国武将マニアの若い女性を「歴女」なんて呼んだりしますが、
古墳マニア(?)の場合、何て呼んだらいいのでしょうか(笑)
それはさておき、私はこの日の講義から、カルチャーショックを思い切り受けました。
「え?市原市って、こんなにたくさん(1716基)古墳が眠ってるの?」
「東日本で最古級の前方後円墳もあるなんて・・・」
歴史は甚だ不得意なのですが、古墳と言えば、仁徳天皇陵で象徴されるように近畿地方が中心ですよね。
でも、こと東日本・特に関東圏域では、市原市が古墳時代以前から政治や文化の中心をなしていたようです。
展示館の外に出ると、平成5年度からの事業で復元された、国分尼寺の回廊が目に飛び込んできました。
奈良時代の中ごろ、飢饉や疫病で乱れていた世の中を仏教で何とか鎮めたいと、聖武天皇が全国に寺院建立の詔を発しました。
それが全国に約60か所あるという国分僧寺と国分尼寺です。
その中でも特に市原市の尼寺は最大の規模を誇り、かつここまで復元されているのは全国でもここだけなのだそうです。
復元にあたっては当時のやり方に忠実に従い、工法はもちろんのこと、建築材や塗料に至るまでとことんこだわりました。
詳しくはこちら → http://www.city.ichihara.chiba.jp/320syougai/amadera/fukugen/amadera_fukugen.html
まさに灯台下暗しとはこのことです。
もちろん国分寺跡についてはぼんやりと頭では理解していたつもりだったのですが、まさかこんなに価値がある文化遺産だったなんて・・・。
これは市原のみならず、国の宝と言っても過言ではありませんよね。
でも、残念なことに、中門に近づくと、
せっかくこだわった塗料は無残にも剥げ落ち、壁には地震によるヒビが・・・。メンテナンスはどうなってるの??
おまけに駐車場は整備されてないし、周りは住宅街で場所もわかりにくい。
回廊以外の敷地の活用もうまくなされていない様子。
市民の中には、私のように市外から転居してきて国分寺の存在や歴史的な意義をほとんど知らない方も大勢いると思います。
もっと積極的にPRすることも必要です。
だって、このままではあまりにももったいないじゃあないですか!?
来年は市制50周年を迎えます。この貴重な文化遺産を市ではどう考えているのか、また聞き取りをしたいと思っています。
ちなみに、次回の歴史講座は7月28日10時から、同じく展示館にて。「上総国分寺の歴史を探る」です。
お時間や興味のある方は是非!
私も出来る限りこの歴史講座シリーズに顔を出して、市原の魅力を再発見したいと思っています。
市が主催する「ふるさと歴史講座」に出かけてみました。
この歴史講座は全7回シリーズで、第1回目のこの日のお題は「邪馬台国から和の五王の時代の市原」。
会場は、市役所やネット事務所のごく近くにある上総国分尼寺跡の敷地内に建てられた展示館です。
入りきれないほどの人で溢れ、会場内は熱気でムンムン!100人は有に超えていたでしょうか・・・。
この日は市原市で発掘されている古墳遺跡についてのお話が中心でした。
かなり専門的・学問的な講義だったのですが、スライドが変わるたびに画面をカメラで撮影している人もいて、皆さんとても熱心に耳を傾けていました。
よく、鉄道マニアを「鉄ちゃん」、戦国武将マニアの若い女性を「歴女」なんて呼んだりしますが、
古墳マニア(?)の場合、何て呼んだらいいのでしょうか(笑)
それはさておき、私はこの日の講義から、カルチャーショックを思い切り受けました。
「え?市原市って、こんなにたくさん(1716基)古墳が眠ってるの?」
「東日本で最古級の前方後円墳もあるなんて・・・」
歴史は甚だ不得意なのですが、古墳と言えば、仁徳天皇陵で象徴されるように近畿地方が中心ですよね。
でも、こと東日本・特に関東圏域では、市原市が古墳時代以前から政治や文化の中心をなしていたようです。
展示館の外に出ると、平成5年度からの事業で復元された、国分尼寺の回廊が目に飛び込んできました。
奈良時代の中ごろ、飢饉や疫病で乱れていた世の中を仏教で何とか鎮めたいと、聖武天皇が全国に寺院建立の詔を発しました。
それが全国に約60か所あるという国分僧寺と国分尼寺です。
その中でも特に市原市の尼寺は最大の規模を誇り、かつここまで復元されているのは全国でもここだけなのだそうです。
復元にあたっては当時のやり方に忠実に従い、工法はもちろんのこと、建築材や塗料に至るまでとことんこだわりました。
詳しくはこちら → http://www.city.ichihara.chiba.jp/320syougai/amadera/fukugen/amadera_fukugen.html
まさに灯台下暗しとはこのことです。
もちろん国分寺跡についてはぼんやりと頭では理解していたつもりだったのですが、まさかこんなに価値がある文化遺産だったなんて・・・。
これは市原のみならず、国の宝と言っても過言ではありませんよね。
でも、残念なことに、中門に近づくと、
せっかくこだわった塗料は無残にも剥げ落ち、壁には地震によるヒビが・・・。メンテナンスはどうなってるの??
おまけに駐車場は整備されてないし、周りは住宅街で場所もわかりにくい。
回廊以外の敷地の活用もうまくなされていない様子。
市民の中には、私のように市外から転居してきて国分寺の存在や歴史的な意義をほとんど知らない方も大勢いると思います。
もっと積極的にPRすることも必要です。
だって、このままではあまりにももったいないじゃあないですか!?
来年は市制50周年を迎えます。この貴重な文化遺産を市ではどう考えているのか、また聞き取りをしたいと思っています。
ちなみに、次回の歴史講座は7月28日10時から、同じく展示館にて。「上総国分寺の歴史を探る」です。
お時間や興味のある方は是非!
私も出来る限りこの歴史講座シリーズに顔を出して、市原の魅力を再発見したいと思っています。