つぶやき、遊び・仕事・日常

一日の出来事のあれこれを雑多に記録していきます

トルティーヤがあれば・・

2023-03-21 06:52:14 | 日記

本来人は、生活の中で自分で何かに気づき、そして自身を修正していくことが成長するということだと思う。

だが、自身でそれができなければ、次善の策として他の人が気づいたことを学ばせてもらうのもいいのかもしれない。

あまりよく存じ上げてはいない方なのだが、お茶の水女子大名誉教授の土屋賢二氏だ。

 

「トルティーヤがあれば何もいらない」

 トルティーヤとは、メキシコ料理のとうもろこしや小麦粉をすりつぶして薄く延ばし焼いたものだ。

 いろんな具材を挟んだり巻いたりして食べるのが一般的だが、この薄焼きがトルティーヤだ。

 ある日、氏がテレビの娯楽番組を見ていた時に、メキシコ原住民の老人の言葉に雷に打たれたかのような衝撃を受けたという。

 この老人は、毎食付け合わせも味付けもなしでトルティーヤを食べている。

 そしてただ一言、「トルティーヤがあれば何もいらない」だ。

 

 老人の言葉は衝撃だった。

 その無欲さに比べれば、わたしは欲の塊だ。

 考えてみれば、毎日毎日次から次へほしいものを求めて駆けずり回る日々だ。

 欲に目がくらんで、いかに多くのことを見逃していることか。

 自分の人生がひどく貧しく思えた。

 生き方の見直しを迫る一言で、それを聞けたわたしは幸運だった

 

 →気づける人というのは、休日に自宅で寝転がってテレビの娯楽番組を見ていても気づけるんですね。

  その気づきを学んだおいらも幸運だったのかもしれません。 

 

 

 


見えている世界

2023-03-20 06:44:06 | 日記

ある宗教家さんが教えてくれたのだが、我々はふだん意識をしていないのだが、見えている世界で生活している。

その世界で、思い感じ、喜び悲しみなどを得ながら生活している。

だが、まさに宗教的な教えだと思うのだが、この世の中というものはそれだけではないらしい。

 

◆見えている世界がすべてではない

 科学的に言えば、人間の目というものは、ほんの限られた波長しか見えない。

 たしかに、ラジオ波も、テレビ波も、インターネットの波も、スマホの通信の波も見えない。

 水の中は通りにくいのかもしれないが、建物の中でも高空の航空機内にも届いている。

 それらの波長とか波動とかのひとつひとつが、宇宙の生命力のひとつだという考えもある。

 

 そして、人体に働いている宇宙の生命も目には見えないからなかなか信じられないが、修行をすれば感じられるそうだ。

 だが、見えないから、そんなものはあるはずがないと疑う人は多い。

 宇宙の生命の尊さなど人はすっかり忘れて、自分の目に見える世界だけで生活しているようだ。

 

 →なるほど、そんな考え方もあることは覚えておきたいものです。

 


駄文の数々

2023-03-19 06:50:59 | 日記

毎日毎日駄文を書き連ねている。

だが、ふと気がつけば千数百日も続いている。

それについては、少しばかり誇ってもいいのかもしれないな。

日々の文章は、もちろん自分が気に入ったものばかりではない。

意味が分からない、何を言いたいのかよくわからない、論旨があっちこっちへ飛んでいる、読んでいて疲れる・・・

 

それでも、そんな文章の中にも時に胸を張りたいほどの出来栄えを感ずることがある。

それは、受け手にとっても同様なのかもしれない。

読んでいただく方々のこころの琴線に触れることも、たまにはあるのだろう。

真に「いいね」を感じていただければ、それはうれしいものだ。

だから、ヘタな鉄砲数打ちゃ当たるの精神で、グダグダ書いているわけだ。

そしてそれは、思ってもみないところで評価されることがある。

人生も同様だと考えれば、毎日手数をこなすことが正解なのかもしれませんね。

 

 


ひとりでいる時に何をするか

2023-03-18 06:53:09 | 日記

落語家さんという噺家さんは、面白おかしい話を語ってくれる。

だからと言って、そんな方々がいい加減な人ではないことは漠然と知っている。

そしてこんな言葉を聞けば、その思いを強くするものだ。

 

人生というのは、一人でいる時に何をしているかによって決まる

 (五代目)三遊亭円楽師匠だ。

 他人が見ていないひとりの時に、勉強しているかそれとも寝転がってただ何となく過ごしているかによって、

 人生は大きく違ってくる。

 口を開けて、食べ物を放り込んでくれるのを待つというのは、一人前ではない者のすることである。

 一人前の人ならば、受け身であってはならないものだ。

 

 ふふふ・・・

 今日はなんとなく分かりました。

 ただ流れに任せている生き方ではいけないということなんでしょう。

 人生は自分で作っていくもののようです。

 自分の都合に合わせて、行動すべしという事なのでしょう。

 それが結果的に自分を成長させることになるのかも。 

 だからただ寝転がっていては、ただそれだけの人だ。

 よくわからないが、誰も見ていなくともやるべきことはやるべきなのだな。

 

 

 


誤った思い込み

2023-03-17 06:48:19 | 日記

普段何気に思っていたり理解したと思っていることが、実は誤った認識だったということもあるようだ。

今日はそんなことを、ふたつ上げてみたい。

皆さんは、ご存じでしたか。

 

◆いい加減な区切りをしていませんか

 耳の奥にあるらしい器官の名前ですが、人体のバランスをとってくれているらしいです。

 三半規管ですが、「三半・規管」だとばかり思っていました。

 正しくは、「三・半規管」だそうです。

 半規管自体が、器官の名称として定着しているため、こう区切るのが正しいそうです。

 

 次いで抗生物質ですが、こちらは「抗生・物質」だとばかり思っていました。

 だが、こちらも正しくは「抗・生物質」だそうです。

 生物由来の毒素に「抗う」ことを表わすそうだ。

 つまり、細菌感染症や寄生虫等の「生物の有害物質」に「抗う」ことが英語表記の意味である。

 それは、Anti Biotics を訳してみればわかることだ。

 

 →ふむふむ、少し学んだような気がします。